第百九十八章 革騒動~第二幕~ 8.イスラファン~商人たち~(その2)
苦々しげな表情を隠そうともせずに一同を睨め付けているのは、いかにも疳の強そうな一人の老人であった。
この老人、名をザイフェルといって、ここヤシュリクの町で長年に亘って商売を続けてきたベテラン商人である。長老とでも言いたくなるような雰囲気を纏っているが、特に大店の主という訳ではない。ただし長年の商いで培った眼力と見識は本物であり、謂わばヤシュリクの商人たちのご意見番のような立場にあった。
「お前らは解っておらんのか? 亜人……いや、ノンヒュームたちが沈没船からお宝を引き上げ、それをイラストリアで放出したという事の意味が?」
ザイフェルの言葉を聞いて、ラージンを含む何人かが眉を顰めたが、残りの者たちは戸惑ったような表情を浮かべただけである。その様子を見てザイフェルは大きな溜め息を吐くと、
「問題点は二つある。第一は、ノンヒュームが洋上活動能力を誇示した事だ」
「洋上活動能力?」
「誇示……とは一体?」
商人たちの戸惑いは更に深まったようだ。そして……それに対するザイフェルの溜め息も。
「よもやお前らは、〝ノンヒュームたちは幸運にも、古酒と幻の革を満載した沈没船を一発で引き当てた〟……などと思っておる訳ではあるまいな?」
「それは……いや……と、いう事は……?」
「そうだ。ノンヒュームたちは数度に亘って沈没船のサルベージを繰り返し、然るべき量のお宝を手にした筈――という事だ。お前らとて、沈没船のサルベージに要する費用と労力、そして技術の程を知らぬ訳ではあるまい?」
純然たる偶然によって、ただ一隻の沈没船から古酒と革を入手した――という絵双紙ばりの幸運が無かったとは断じ得ぬが、そんな事が起きる可能性は限り無く低いだろう。なら、ノンヒュームたちも通常の手順で沈没船を探し、お宝を見つけて引き上げたと考えるべきだ。しかしそうなると……サルベージに要した時間と労力・費用は膨大なものとなる。ついでに言えば、それを支えた技術力も。
……それだけの力をノンヒュームが持っていたというのか?
そしてそれだけの力を、沈没船のサルベージなどという不確かなものに投入したというのか?
「沿岸各国の首脳部は、少なくとも儂の見たところでは、今回のサルベージ活動を把握してはおらん。と言う事は、これだけ大規模なサルベージを行なうだけでなく、その活動を秘匿する能力も持っていた事になる」
――沿岸国の人間として、看過も容認もできない大問題であった。
「ノンヒュームたちがサルベージ船を?」
「いや、船とは限るまい。サルベージ用の魔法を開発したのかもしれん」
「どっちにしても船は入り用な筈だ」
「しかし……該当しそうな船舶の噂は聞こえて来ないぞ……?」
沿岸諸国の目を欺き得る洋上活動能力をノンヒュームたちが手にしたというだけでも一大事であるのに、
「これに関してはもう一つの問題が派生してくる。――なぜ、ノンヒュームたちは洋上活動能力を誇示したのか?」
「……なぜ?」
「それはどういう……?」
「――ちっとは頭を使え。いいか? ノンヒュームたちが古酒と幻の革を、ああも不自然なほどの安値で放出しなければ、サルベージという可能性が浮かんでくるのは、まだ先になった筈だ」
「……しかし、ノンヒュームたちはそうしなかった。……成る程……」
ノンヒュームたちが殊更自分たちに注目を集めようとしている……そう考えるのなら、その理由は他の何かから目を逸らさせるためだろう。
――それは何か?
「沿岸国の中に手を貸した者が……裏切り者がいると?」
「裏切り者とまでは言えんかもしれんが……独り抜け駆けを図った者がいるという事か?」
互いに疑心暗鬼の視線を交わしていたが、
「――とは限らん。……以前砂糖の件を論じた時に、他大陸からの未知の勢力が関わっているという可能性が俎上に上がった事を忘れたか?」
「――!?」
「……あの話がここへ繋がるのか……」
「確かに……隠しておきたいというのも、納得できるような……」
「まぁ……これに関しては、敢えて捨て値で流す事で騒ぎを起こし、自分たちの力を誇示しようとした……という解釈もできなくはないが……どれもこれも所詮は仮説に過ぎん」
むっつりと言葉を切ったザイフェル。暫し黙した後で開かれた口から出たのは、
「それでは第二の問題点に移ろう」
――という、ある意味で無情な宣告であった。




