第百九十八章 革騒動~第二幕~ 2.火口から火種へ(その2)
二つ目の火口を拡散したのは、これも偶々バンクスを訪れていたイスラファンの若者であった。
彼はイスラファンのとある有力商人の息子で、観光気分で――一応の名分は、将来に備えて見聞を広めるため――イラストリアを訪れていたのだが、これまた純然たる偶然――ここまで重なると何者かの悪意が働いているのではないかと疑いたくなるが、真実掛け値無く全くの偶然――から、パーリブの店を訪れたのであった。
そこで見せられたクリムゾンバーンの革製品――こちらは小銭入れ。ただし二十一世紀地球風――がいたく気に入り、上機嫌で買い求めたのもマナステラの商人と同じ。後に第二の火種を育む事になる火口は、こうしてイスラファンの若者の懐に納まる事になった。
マナステラの商人が革財布を購入してから二日ほど後の事であった。
さて、件の若者はその二日後にシャルドを見物し、話のついでにとモローへ向かった。三日後にモローの宿に到着した若者は、親から持たされていた魔導通信機で現状を報告。世間話のついでに、五日ほど前にバンクスで購入した小銭入れの事を話した。
話を聞いた父親の方は、さすがに名うての商人だけあって革の事が気に懸かり、それとなく情報を集めて廻った。その結果……
〝えぇ? 今からバンクスへ戻れって?〟
〝大急ぎでだ。何なら馬車を仕立てても構わん〟
〝ちょ、ちょっと待ってくれよ父さん。俺としては、これからエルギンへ脚を伸ばして、その後はモルファンに廻ろうかと思ってるんだ。ほら、エルギンでは色々と面白そうな……〟
〝黙れ! エルギンの事などどうでも良い! 今すぐにでも馬車を雇ってバンクスへ戻れ! 何が何でも、あの「幻の革」を手に入れるんだ!〟
バンクスの知人に金を借りてでも、でなければ商業ギルドから父親名義で借金してでも金を都合して、何としてでもクリムゾンバーンの革製品を手に入れろ! あと、この事は誰にも話すんじゃない!
そう喚き立てる父親を何とか宥め賺し、若者は父親から事情を訊き出す。それによって、何も知らずに自分が買った小銭入れが、実は滅多に手に入らない貴重品である事を知った。若者は珍品を手に入れた幸運に快哉を叫ぶとともに、余計な仕事を押し付けられる事になった我が身の不運を嘆くのであった。
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さてパーリブの方であるが、クリムゾンバーンの「幻の革」を求めて店を訪れる客に、辟易させられているというのが実情であった。
本来なら上客と言えるのであろうが、肝心のクリムゾンバーンの革製品は、第一回入荷分を売り切って第二回の入荷待ちという状況であり、どれだけゴネられようとも手許には無い。口を酸っぱくしてそう言っても、信じようとしない客ばかりだったのである。已むを得ずパーリブは、軍務卿代理のイェルマイア・ローバー卿の指示――クリムゾンバーンの革製品は全て王家が買い上げる――を盾にとって、諦めの悪い客たちを追い払う羽目になっていた。
イラストリア国内の貴族や商人たちは、ブツブツと文句を垂れながらもそれで引き下がったのだが……そこへ引火し易い火口を携えて、マナステラの商人とイスラファンの若者がやって来たのである。
実はイスラファンの出身であるパーリブとしては、マナステラの商人はともかく、同郷の若者には便宜を図ってやりたいという気も無いではなかったが、生憎と肝心のクリムゾンバーンの革製品は全て売れてしまい、現状では逆さに振っても出てこない。次回以降の入荷は未定の上に、勝手に売ってはならんとイラストリア王家の名で厳命されている。
ゆえに……
〝――何? 売れない?〟
〝ですから……今は品物がここにありませんのです。追加の入荷はあるような話でしたが、それがいつ頃になるのかは手前の方にもとんと……。それに王国のさるお方から、クリムゾンバーンの革製品については王国の方に一括して納入するようにと言われておりまして……〟
〝う~む……〟
もはや条件反射のように、ローバー卿の文言を繰り返してお引き取りを願うしか無かったのであった。
しかし、祖国の威信に賭けてでも「幻の革」を手に入れんとしてやって来た者たちにとっては、ローバー卿のその文言は鑽火も同然であった。
見事に火口に引火して立派な火種となったそれを、彼らは祖国へと持ち帰る事になったのである。




