第百九十七章 泥炭騒動 6.「災厄の岩窟」~テオドラム部隊の当惑~
さて、下っ端兵士の不始末から地下火災を引き起こし、クロウとケルの怒りを買って当該区域から閉め出されたテオドラム兵であったが……新たな試練が彼らを見舞っていた。
「……最優先での採掘命令だと?」
「はっ! 国務会議はここの泥炭を戦略上・国策上重要なものであると判断し、最優先での掘削を命じられました!」
「……解った。下がって休んでくれ」
「失礼します!」
王都ヴィンシュタットに派遣していた密使が、国王府からの命令を携えて帰還したのである。
折りも折り、テオドラム兵が泥炭の分布域から閉め出されて三日後、困惑した駐留部隊が善後策を協議している最中の事であった。
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「……どうすれば良いと思う?」
疲れたような声で、「災厄の岩窟」駐留部隊の指揮官が幹部たちに問いかけるが……答えなど一つしか存在しない。
――国王府からの命令は絶対である――
ゆえに、戻って来る答えも……
「……やるしか無いでしょう……」
――という、指揮官の思いとは相容れぬものでしかなかった。
「……上からの命令には従わざるを得ないとしてもだ、馬鹿正直に現状を報告した場合、どうなると思う? ……選りに選って、上層部が泥炭を重視し始めたこのタイミングで、肝心の泥炭に近付けないなどと」
「……降格……で済めば、御の字でしょうな……」
「しかし……報告しないのであれば、我々で何とか打開策を講じるしかないぞ?」
「……ダンジョンマスターと秘密裡に交渉するか?」
「どうやって? 相手の望むものを用意できるかどうか……いや、それ以前に、ダンジョンマスターが何を望んでいるのかも解らんのだぞ?」
「……ダンジョンマスターとの交渉は論外……少なくとも、悪手だろう」
「ならばだ、どうにかして泥炭の在る場所に辿り着くしか無いという事になる」
「ダンジョンマスターの封鎖を突破してか? 何度か兵に試させたが、何をどうやっても、壁に傷の一つも付けられんそうだぞ?」
ケルが当該区域をダンジョン化した今は、破壊不能のダンジョン壁がテオドラム兵の侵入を阻んでいる。突破は事実上不可能と言えよう。
「……兵法的に考えれば、突破できない阻止線ならば迂回だろう」
「それはそうだが……封鎖箇所は泥炭域のかなり手前だ。改めてそこから掘り進むとしても、迂回して進むとなると……進路の確認が大事になるぞ?」
「そこは、距離と方角を頼りに進むしかあるまい」
「どうやって? 肝心の泥炭集積地は封鎖された向こう側なんだぞ? 距離も角度も確かめようが無かろう?」
「そこは記憶を頼りにするしか無いだろう。兵どもの記憶を総動員してな」
この先待ち受けている難事を想像して、ウンザリとした気分に沈む幹部一同。
「まったく……失火などやらかした馬鹿を吊したいところだ」
「それは無理だな。馬鹿は封鎖箇所の向こうに取り残された。今頃はダンジョンに喰われているだろうさ」
馬鹿の末路を想像して、僅かな慰めとしていた幹部たちだが……
「……一つ気付いた事があるんだが……」
「……聞きたくないが、聞かざるを得んのだろうな……。何だ?」
「うむ。飽くまで可能性としてだが……ダンジョンマスターが再掘削を阻止する可能性は?」
――途端にゲッソリとした表情になった。
「……あり得ると考えるべきだろうな」
「だとすると、それに対する策も考えなくてはならんのか……」
「いや、一応草案のようなものはあるんだが……」
全員の視線が言い出しっぺに集中した。




