第百九十六章 王都イラストリア 3.王国軍第一大隊(その3)
ダンジョンマスターなら誰だって、そんなチャンスがあれば飛び付くだろう。そう言いたげなローバー将軍であったが、
「これも推測ですが……Ⅹは既に五つ以上のダンジョンを指揮下に置いています。ここで新たにダンジョンを所有する利点があるでしょうか? しかも、Ⅹの作戦行動域とはかけ離れた場所にです」
「……言われてみりゃあ……無闇に支配地を増やしたところで、管理の手間が増えるだけか……」
改めて考えてみれば、五ヶ所以上のダンジョンを指揮下に収めているとなると、幾らⅩが有能であったとしても、一人では管理の手も回らないだろう。ならばⅩ個人ではなく、それなりの規模の部下……恐らくは組織というべき規模のものを抱えて、全員で任務に当たっていると考えるべきか。
そして、そういう組織の管理者として考えた場合、Ⅹが不用意に部下の仕事を増やすような真似をするとは思えない。
「……てぇ事ぁ……?」
「案外、Ⅹはスタンピードを止めただけなのかもしれません。ダンジョンを指揮下に置いたのは、飽くまでその結果であった可能性があります」
「……ダンジョンが目的だった訳じゃなく、スタンピードを止めるのが目的だったってのか?」
何故だか妙に仁君めいた行動を取っているあのⅩの事だ、未曾有の規模のスタンピードが発生したとなると、その被害を抑えるように動いたというのも考えられなくもない。――そう納得しかけたローバー将軍であったが……
「……ちょっと待てウォーレン、スタンピードの進行方向にあったなぁ、ちっぽけな村一つだとか言ってなかったか?」
たかが僻地の寒村一つのために、そんな手間をかけたと言うのか?
「小さかろうが大きかろうが、そこに住んでいる村人にとっては、スタンピードの発生は一大事ですからね。人数が違うだけで、人が死ぬ事に変わりはありません」
キッパリと言い切ったウォーレン卿に、ローバー将軍は自分の傲慢さを恥じる事になった。国政に携わる者の宿命とは言え、いつしか民を数字として見ていたようだ。Ⅹはそれをよしとしなかったのか。
些か凹み気味の将軍であったが、そんな綺麗事の解釈でお茶を濁さないのがウォーレン卿という人物であって――
「……ただ、Ⅹの主たる目的が、寒村の救難にあったかどうかは、まだ断言はできません」
「……何だと……?」
「村の救難も視野には入れていたかもしれませんが、Ⅹはもっと大きな視点で判断して動いた事も充分考えられます。具体的には、テオドラムやイラストリアの周辺が不安定になるのを嫌ったのではないかと」
「うむ……」
成る程、為政者的な視点から見ても、Ⅹの行動は説明できるようだ。将軍はうむと納得しかけて……その思いを引き締めた。
何しろこの男ときたら、一つ結論を述べたその舌の根も乾かぬうちに、別の結論を言い出す常習犯だ。今回もきっと何か肚に抱えているに違いない。
「もしくは……」
――そら来た。
「……Ⅹが不安定になってほしくなかったのは、マナステラという国そのものであったという可能性も……」
――どういう事だ?
「飽くまで想像……いえ、妄想に近いものですが、Ⅹがマナステラに何かをさせようと企んでいる可能性も無くはないかと」
「……むぅ……」
「もしくは……マナステラの状況、或いは動向が、Ⅹにとって好ましいものであるのかも」
「……むぅぅ……」
ここまで話が広がるとなると、もはや内輪話の範疇に止めておける内容ではない。
「ウォーレン、気は進まんが……今まで検討した内容を、陛下に申し上げる必要がありそうだ」
「はぁ……確証のある話じゃないんですけどねぇ……」




