第百九十六章 王都イラストリア 2.王国軍第一大隊(その2)
以前の検討に拠れば、Ⅹがテオドラムの包囲を狙ってダンジョン群を整備したのかどうか、その点が判然としなかった。
しかし、今ここに、Ⅹの関与が強く疑われながらも、テオドラムの包囲には参画できそうにないダンジョンが登場してきた。これがどういう意味を持つのか……
考え込んだローバー将軍へのウォーレン卿の返答はしかし……
「現状では解釈の材料とはなり得ないと思います」
――という鰾も無いものだった。
「……役に立たねぇってのか?」
「はい。この件が最初からⅩの采配の下にあったとは思えません。Ⅹが態々スタンピードを引き起こし――そして消去したというのは、あまりにも不自然に過ぎるでしょう」
「むぅ……」
「Ⅹならどこだろうと意のままにモンスターを送り込める筈です。態々スタンピードを引き起こす必然性はありません」
「確かにな……」
「また、これが所謂『スタンピード』ではなく、目撃される事を念頭に置いた『パレード』であったとしたら、今度は人知れずそれを消す理由が見当たりません。神出鬼没を誇示したいのであれば、目撃者の目の前で消した方が効果的だった筈です。……嘗てテオドラムやマーカスの前でやって見せたのと同じように」
「……あのスケルトンワイバーンか……」
ウォーレン卿の言い分には、確かに筋が通っていた。しかし……だとすると今回の一件は?
「恐らく、スタンピード自体はⅩの予想外であった筈です。丁度好いとばかりに接収したというのが実情ではないかと」
「……Ⅹは偶然起きたスタンピードを利用しただけ。従って、この件は以前に俎上に載せた包囲網云々の検討には使えねぇ……って事だな?」
「そうなるかと」
「ふむ……」
王国の切れ者たるウォーレン卿の洞察には筋が通っていたし、クロウの動きを――一部ではあるが――言い当ててもいた。
そうすると次に気になるのは、Ⅹことクロウが何を以て〝丁度好い〟としたのか、この一点である。
まさか〝冒険者がやって来ずに髀肉の嘆を託っているモンスターたちや、生まれたばかりのダンジョンコアの住処として、手頃な物件を探している〟……などという、遙か斜め向こうにぶっ飛んだ「真実」を知りようが無い軍人二人にとっては、
「問題を整理してみましょう。まず、Ⅹがダンジョンを手に入れた――この点は恐らく確かでしょう」
「待てウォーレン、この場合、Ⅹの野郎が手に入れたダンジョンってなぁ……」
「スタンピードの原因と疑われている、通称『百魔の洞窟』でしょう」
マナステラの冒険者ギルドは、このスタンピードが既存のダンジョンの崩壊に伴うものである事を懸念していた。その場合、可能性があるのは「百魔の洞窟」というマナステラ屈指の古参ダンジョンであり、
「階層数は八十七階層にも及び、三百年に亘って彼の地に君臨してきた名うてのダンジョンだそうです」
「そいつをⅩが手に入れたってのか? けっ! ありがたくって涙が出るぜ」
そんな代物をⅩが指揮下に置いたと知って、心穏やかでない二人であった。
「推測ですが、Ⅹはスタンピードのモンスターたちを手懐け、空き家となったダンジョンを乗っ取ったものと思われます」
「……だがウォーレン、確かなのか?」
「件のダンジョンが崩壊したとしか思えない規模のスタンピードが確認された事、そのスタンピードが突然姿を消した事、崩壊したと思われていたダンジョンが健在であった事、スタンピードを構成していたと覚しきモンスターの行方が不明な事、これらの事実を遺漏無く説明できる仮説が、他に思い当たりません」
ウォーレン卿は見事にクロウの所業を看破していた……ここまでは。
「――問題は、なぜⅩがそういう行動に出たのかです」
「ダンジョンを手に入れた理由――それが問題なのか?」




