第百九十五章 マナステラ 9.マナステラ冒険者ギルド(その2)
もしもこのスタンピードが、ダンジョンマスターの指揮統率の下で動いているのだとすると……
「ダンジョンマスターによる侵攻作戦の一環、か?」
凡そ、考え得るスタンピードの中で最悪のケースなのだが……
「……だとしても、どこを目指してるってんだ?」
スタンピードがダンジョンマスターによる侵攻作戦の一環として使われたケースは、過去にも無かった訳ではない。しかし、それらは何れも確たる目標あっての事であった。なのに今回のケースでは、
「進行方向とは少し外れた位置に小さな村がありますが……」
「ちっぽけな村一つを落とすのに、あんだけのモンスターが必要か?」
「はぁ……」
下手をすれば王国全体が混乱に陥りかねない、それほどの規模のスタンピードである。たかが小さな寒村一つが目標だなどとは思えないではないか。
「……とりあえず、進行方向に当たっていそうな村の近くに冒険者を送り込んで、それとなく警戒させろ」
「村への警報はどうします?」
「村を狙ってるって確証があるんならともかく、現状で不用意な警告など出して、余計な混乱を招く訳にはいかん。……違うか?」
「いえ……承知しました」
不確定要素の多過ぎる状況で、それでも最善の手を尽くした。ギルドマスターらしい男はそう考えていた……この時は。
・・・・・・・・
「スタンピードが消えたぁ!?」
先の報告から三日後、マナステラの冒険者ギルドは報された内容に困惑していた。
スタンピードの進行方向に当たる寒村の付近で警戒に当たっていた冒険者が、一向にスタンピードが現れない事を訝って偵察に出たところ……スタンピードが消滅している事を確認し、冒険者ギルドに通報してきたのである。
「いや……目出度ぇ話じゃあるんだが……モンスターども、どこへ失せやがった?」
スタンピードが消えたというのは確かに吉報には違い無いが、莫大な数のモンスターがあちこちに散らばった結果だというなら、これは手放しで喜べる話ではない。周囲に警報を出すべきなのかもしれないが……
「下手に話を持っていくと、スタンピードの話自体が眉唾に思われかねません。それに、抑どこに話を持って行けばいいのか」
「それらしい報告は来てねぇのか?」
「はい、どこからも」
現時点では、冒険者ギルドが空騒ぎをしただけに終わっているようだ。幸か不幸か……いや、今にして思えば幸いな事に、スタンピードの警報自体を表に出していないため、冒険者ギルドの混乱は大っぴらになってはいない。やはり幸いというべきであろう。とは言え、当事者たるギルドの面々が、狐に抓まれた思いでいるのも事実である。
「……今回の件は、最初から最後まで何が何だか判らん。少しでも情報を得ておきたい。……『百魔の洞窟』に偵察を出す」
――そして更に三日後、「百魔の洞窟」に派遣した斥候が、件のダンジョンは平常どおりであり、崩壊の様子など見られないと報告してきた事で、首尾一貫して謎めいていた今回の一幕は終わりを告げた。
何が何だか一向に理解はできなかったものの、このところダンジョン絡みでは色々とおかしな事が起きているのは、マナステラの冒険者ギルドも承知している。なので一応王国に報告を上げ……マナステラ王国も同じような判断に基づいて、関係していそうな各国に情報を流す事にした。
ウォーレン卿がこの不可解な報告に接するのは、翌日の事である。




