第百九十五章 マナステラ 8.マナステラ冒険者ギルド(その1)
――その冒険者ギルドは、数日前から重苦しい緊迫感に支配されていた。
「新しい情報は何も入っていないのか!?」
苛ついた様子で誰にともなく問いかけているのは、ここのギルドマスターのようである。
「ありません。進行方向に送った連中からも、その最寄りの村からも」
「スタンピード自体の目撃は?」
そう、「百魔の洞窟」のダンジョンモンスターたちの移動――と言うか、引っ越し――が、スタンピードと誤解されていたのであった。
いや……確かに、一歩間違えばスタンピードとなる可能性はあったのだが、ギドという有能な統率者がいたのと、曲がりなりにも目的地が存在していた事で、無秩序な暴走とはならなかったのである。
だが、目撃した人間にはそこまでの事は判らず、モンスターの大移動=スタンピードという先入観の下、冒険者ギルドに報告が為されていた。
「ありません。と言うか、偵察に行こうという命知らずがおりません」
冷静な指摘を受けて、ギルドマスターらしい男は鼻を鳴らした。
――部下の言い分が正しい事は解っている。
スタンピードが目撃されたのは、「百魔の洞窟」から一日ほどの距離にある山麓部で、幸か不幸か見晴らしの良い場所であった。見晴らしが良いゆえに離れた位置からスタンピードを確認する事ができ……そして、見晴らしが良いゆえにスタンピードに接近できなかった――接近していたら恐らく襲われた――のである。二度目の偵察に出向こうという者がいよう筈が無い。
「つまり……前回の情報だけでコレに対処せねばならん訳か」
これまた幸か不幸か、前回の目撃だけでも判っている事は多い。ただ……その報告を信じる限り、今回のスタンピードは異例ずくめと言えた。
まず、スタンピードの規模が極めて大きい。……と言うか、稀代の規模であると言ってよい。これほどの規模のスタンピードとなると、考えられる原因は……
「……『百魔の洞窟』が崩壊したか……」
この国屈指の大ダンジョン、「百魔の洞窟」が崩壊して、内部に棲息していたモンスターたちがダンジョンを離れた、それ以外の原因が思い付かないのであるが……
「しかし、だとしてもおかしな点が幾つかあります。……崩壊の原因が不明というのを別にしても」
ダンジョンが崩壊する一般的な原因は、冒険者などによる討伐である。しかし「百魔の洞窟」と言えば、三百年に亘って幾多の挑戦者を退けてきた名うてのダンジョンであり、それが易々と攻略されたとは信じがたい。第一、攻略したとの報告がどこにも届いていない上に、それらしき一行も行動も確認されていない。
「まずおかしいのは、ダンジョン崩壊に伴うスタンピードにしちゃ、ハイレベルモンスターの数が多い。おまけに、妙に統率が取れてやがる」
ダンジョンが討伐されたのなら、めぼしいダンジョンモンスターはその過程で狩られているのが普通である。軍などがダンジョンの討伐を主目的に突入する場合を除けば、冒険者たちがダンジョンに入る最大の目的は素材などの確保であり、そのためのモンスターの狩猟である。ダンジョンコアを破壊してダンジョンを崩壊させるのは、折角の狩り場を破壊する事と同義であるため、冒険者たちは――建前はどうあれ――望んでいない。
従って、冒険者がダンジョンを討伐したというなら、めぼしいダンジョンモンスターを見過ごす筈が無く、ゆえにハイレベルのモンスターが多数スタンピードに加わっているというのは不可解なのである。
「まぁ、あれほどのダンジョンなんですから、ハイレベルモンスターもそれなりに多数が棲息していたとも考えられますが……」
「そいつらが揃いも揃ってスタンピードに参加してるってのがおかしいだろうが」
このスタンピードが、ダンジョン崩壊の結果引き起こされたものであるとするならば、その目的は新たな棲息地への移動であろう。ならば、互いに競合関係にある筈の強力なモンスター――大抵は広い縄張りを持つ――が、同じ場所を目指すというのは不合理である。寧ろ、無用な競合と軋轢を避けるために別の場所を目指す筈で、事実これまでに確認されたケースではそうなっていた。
これとも関連するが、おかしな点の第二は、モンスターたちが整然と秩序だって同じ方向を目指しているという点である。……まるで行き先が判っているかのように。
「普通は運任せで適当な方向に散けるもんだってのによ」
「……まるで何者かに統率されているかのような動きですね」
「……何者かってなぁ、何だ?」
「例えば……ダンジョンマスターとか……」




