第百九十五章 マナステラ 7.洞窟
『ここがそうか?』
『うん。他にも入り口はあるみたいだけど、一番近いのはここだって』
精霊たちが教えてくれた開口部から中に潜り込んで、暫く下ってからクロウたちの眼前に現れたのは……
『……内部は意外と大きゅうございますな』
『あぁ。ギドがダンジョンの候補地に挙げる訳だな』
ギドの話からそうではないかと思っていたが案の定、件の洞窟は鍾乳洞のようなものと見えた。――ようなと敢えて断ったのは、岩質が石灰岩なのかどうかがクロウには判りかねたからであるが……ともかく見た目は鍾乳洞のように見えた。
そして……鍾乳洞に付きものと言えば――
『ますたぁ、川ですぅ』
『あぁ、地下河川ってやつだな』
――地下水流であった。
(ふむ……水が流れているところを見ると、今現在も成長中の鍾乳洞か? 地球の鍾乳洞と同じなら、地上部にはカルスト地形が広がってる筈だが?)
後で確認してみようと思いつつ、クロウは洞窟の状態をチェックしていく。
地下水流があるくらいだから水源に不自由はしないだろうが、その反面で内部はヒンヤリとして湿っぽい。ダンジョンマジックで改変する事は可能だろうが、そうすると、現在成立している洞窟性の生物相を破壊する事になりかねない。クロウとしてはそれは避けたいのであった。
(……となると……ここも罠を主体のダンジョンにするか? ……いや待て……人間の痕跡が無かったようだが?)
抑クロウがこの場所に目を付けたのは、一つには新生ダンジョンコアの移植先の候補地としてだ。現在の生育地である「間の幻郷」は、生まれたてのダンジョンコアには色々と荷が重過ぎるのではないかとの意見があったためである。当初は「百魔の洞窟」がその候補に挙がっていたのだが、さすがに八十七階層に及ぶダンジョンを生まれたてのペーペーに任せる訳にもいかず、この案は没となった。代わりに浮上してきたのが、「百魔の洞窟」のダンジョンモンスターが移住先に挙げていた、この鍾乳洞だったのである。
この鍾乳洞がペーペーのコアに適当な物件かどうかは暫く措いて、もう一つの理由というのは……
(……「還らずの迷宮」のダンジョンモンスターの派遣先にとも考えていたんだが……)
危険ダンジョン指定を受けた「還らずの迷宮」と「流砂の迷宮」は、目下のところ挑もうとする冒険者に事欠く状態が続いている。畢竟、ダンジョンモンスターたちも髀肉の嘆を託つ羽目になっていた。
先頃テオドラムの密偵がやって来たため、彼らを使った実地試験を執り行なう事でガス抜きに成功はしたものの、根本的な解決には至っていない。
なので――新たなダンジョンをダンジョンモンスターの活躍の場として造ろうと考えていたのだが……
(……人間がやって来ないような立地だと、その計画も怪しくなるな……)
下手をすると、ダンジョンロードとしての経営手腕を問われかねない。
(だが……何で人間の痕跡が無いんだ?)
クロウこと烏丸良志の知識によると、古来洞窟というのは人間や動物の住処、隠れ処として使われてきた筈だ。況してここには豊富な水もある。洞窟内なら温度変化も小さい筈だ。住みにくい環境ではない筈だが?
不審に思ったクロウが皆に訊ねてみると――
『あのねクロウ、人間は普通山の中に住んだりはしないと思うわよ? 山はモンスターの領分だし』
『確かに、水があるのは魅力ですが……拠点とするには湿気が高過ぎて、兵の健康に悪そうです』
『野営地として使おうにも、かなり深く潜らないと、平坦な空間がありませんからな』
極めつけが――
『ダンジョンでもないただの洞窟に潜ろうという、酔狂な冒険者なぞおらんじゃろう』
――という爺さまの指摘であった。
なお、クロウは知らなかったようだが、地球世界においても穴居人が利用していたのは洞窟の入り口付近だけで、冷涼多湿な洞窟の奥を住居として利用した例はほとんど無いと言われている。
だが、そうすると……
『ここがダンジョンであると判れば、冒険者どもはやって来る訳か?』
『……お主がまたぞろ張り切って、物騒なダンジョンにしなければ――じゃがな』




