第百九十五章 マナステラ 5.ダンジョン(その1)
三つ首の大蛇はマジマジと三対六個の眼をボールに向けた。どう見ても直径十センチ程度。体長二十メートルに垂んとする自分が入れるようなサイズではない。揶揄われている訳でもないようだが……?
『あぁ、心配するな。こう見えてもこれはダンジョンだ。空間魔法を付与してあるから、中は見かけよりずっと広くなっている』
……今ダンジョンって言った?
大蛇は困惑を通り越して惑乱しているが……無理もないだろう。
凡そ一般に知られているダンジョンというのは、冒険者なりモンスターなりを引き込み得るだけの大きさを持つものであって、掌に載せて持ち運ぶようなものでは断じてない。
おかしくなったのは自分の頭か、それとも目の前にいる新たな主の頭かと、混乱していた大蛇であったが……
『……疑い深いやつだ。皆、すまんが……』
『はーい』
『お先に失礼致します』
などと言いつつ先輩従魔たち――身体は小さいが明らかに格上の魔力を放っているので、先輩なのは間違い無い――が、ゾロゾロとボールの中に入って行った。自分の体長には及ばないにせよ、どう考えてもボールに収まるとは思えなかったウィンまでもが、何の問題も無くボールに入って行ったのを見て……どうやらおかしくなったのは現実の方らしいと理解する大蛇。三つの大脳が揃ってそれ以上の思考を放棄したらしく、脊髄の命ずるままにボールに三つの頭を突っ込んで……そのまま問題も無く内部に収まった。
『よし、ではアンシーンに転移する』
一応はダンジョンである透明ボールを持ったまま、上空を遊弋するダンジョンの内部に転移するという、いいかげん「ダンジョン」の定義を無視したような行動を平然ととるクロウであった。
・・・・・・・・
『ここがお前たちのダンジョンか』
『はい。人間どもは「百魔の洞窟」と呼んでいるようですが』
透明ボールの中に収まったまま、空飛ぶ幽霊船に乗って移動するという稀有な体験をした大蛇は、既に新たな主について理解しようとする努力を放棄していた。先輩従魔たちから聞いた限りでは、主は「ダンジョンロード」というダンジョンマスターの上位職であるらしい。主の配下のダンジョンマスターにも紹介されたが……何れも主の配下に相応しい強者の雰囲気を漂わせていた。
空中を快走――普通のダンジョンにできる事ではない――してあっさりと旧居に舞い戻り、クロウを内部へと案内したのであるが……
『ふむ……先代のダンジョンマスターとダンジョンコアの墓はどこにある?』
一応は挨拶するのが礼儀だろうと言うクロウに、
『……ございません。お二方とも、ご遺志によってダンジョンに還られましたので』
既に遺体はダンジョンに吸収された事を伝える。
『そうか……』
どうやらこのまま引き継いでも問題無いようだと見て取ったクロウは、徐にダンジョン全体に魔力を流し、先代の魔力を上書きし始める。
(……正気か? ……三百年に亘ってこの地に君臨してきた、八十七階層のダンジョンだぞ?)
信じられぬ思いで見つめていた大蛇であったが、豈図らんや、何の支障も無く書き換えが終了する。
茫然自失の体の大蛇を前にして、
『よし、これでこのダンジョンは俺が掌握した。取り敢えずは俺の直轄とするが……』
――クロウは考える。ここまで大規模なダンジョンだと、ダンジョンシードからなりたてのダンジョンコアに任せるのは無理、と言うか虐めだろう。新たにダンジョンマジックでコアを生み出すか、それともクロウ自身が直轄するか。その判断は先に延ばすとして……




