第百九十五章 マナステラ 4.ダンジョンロード
〝出物〟という言葉から、三つ首の大蛇は目の前の男がダンジョンマスターである可能性に思い至った。
しかし――と、大蛇は思う。
(仮にもダンジョンの関係者であれば、今の時点であの「百魔の洞窟」を手に入れる事は不可能に近いと、気付きそうなものではないか?)
――クロウは知らなかったが、件のダンジョンは三百年に亘って維持されてきたダンジョンであった。これだけ年季の入ったダンジョンとなると、先代のダンジョンコアの魔力が染み付いており、生まれたてのダンジョンシードやダンジョンコアの手には余る。ゆえに、少なくとも数十年という時間を置いて、染み付いた魔力が薄れるのを待たないと、新たなダンジョンシードやダンジョンコアが定着する事はできない。
ただし、極々稀なケースであるが、先代のダンジョンコアと魔力の波動が似ている場合は、比較的早い段階でダンジョンに馴染む事ができる。これを継承者タイプのダンジョンと言い、早い時期から先代ダンジョンの遺産を受け継いでそのまま活用できるために、冒険者たちからは危険視されている。
……というような事は、少しでもダンジョンに関わる者なら誰でも知っている筈――と大蛇は考えたようだが、生憎とクロウは一般的なダンジョンマスターのカテゴリーからは大いに逸脱した存在であって……
『何、そんなものは俺の魔力で上書きすればいいだけだ』
――などと、とんでもない事を言い出して、大蛇を困惑させていた。
(上書き……って、できるもんなのか!? 他のダンジョンならいざ知らず、「百魔の洞窟」だぞ? 八十七階層にも及ぶダンジョンを……いや……仮に……本当に上書きできたとしても……)
先代ダンジョンコアの魔力がクロウの魔力に変わるだけで、本質的な事情は変わらない筈ではないか?
魔力が薄れない限り、ダンジョンコアは定着・成長できず、従って、ダンジョンコアと契約してダンジョンを管理するダンジョンマスターの出る幕は無い筈……などと訝しんでいた大蛇を、再びクロウの暴言が襲う。
『ダンジョンコアなら俺が生み出せるし、何だったら俺が直接管理してもいいしな』
(――ダンジョンコアを生み出す!? 直接管理!? どういう事だ!?)
凡そ、一般的なダンジョンマスターのする事ではない。
意味が解らず困惑している大蛇に向かって、
『……あぁ、いや――厳密に言えば、生み出せるのはダンジョンコアではなくて、その機能を代行できるAIみたいなものなんだがな』
――更に意味の解らない事を言い出した。
クロウにしてみれば、ダンジョンコアとは歴とした生物なのだから、神ならぬ身のクロウに生み出せる訳が無い。生み出せるのは飽くまで疑似生命であるAIのようなものだと、誤解を避けるための訂正したのだが……抑AIなどという概念を知らない大蛇には通じなかったようだ。「ホムンクルス」とでも言っておけば、まだ話が通じたかもしれないが。
三対六個の眼をパチクリとさせて困惑している大蛇――その傍らでクロウの眷属たちが生温かい視線を向けている――をそっちのけに、クロウは独りブツブツと呟いていた。〝あぁ……いや、しかし規模が大きいとなると、生まれたてのダンジョンコアに任せるのは無理か?〟などと、こっちの呟きの方も大概な内容であったが。
関係各位それぞれの理由から暫し沈黙を守っていたが、
(……生まれたてのダンジョンコアに任せられるかどうかは、現物を見ないと何とも言えんな。なら、こっちは後で考えるとして……〝新たなダンジョンの候補地〟というのは見過ごす訳にはいかんな……よし!)
肚の定まったクロウが徐に顔を上げて、
『とりあえず、所有者のいなくなったダンジョンは俺が接収するつもりだが……モンスターたちに異存はあるか?』
『いえ……そのような事は……』
素よりクロウの傘下に入れてもらえないかと期待していた身である。指揮下に身を置くのに、何ら異存のあろう筈が無い。――あるのは異存ではなく疑問である。
(……あの「百魔の洞窟」を指揮下に収める事ができるのか? 本当に?)
半信半疑というよりは、七割方は「疑」の方に傾いているのだが……そんな事を新たな主に言って不興を買う訳にはいかない。ゆえに、言葉を濁すようにして、ただ異存の無い事だけを表明しておいた。
『なら、とりあえずモンスターたちはダンジョンに戻れ。……あぁ、散開して目立たないようにしろよ』
クロウの号令一下、立ち上がってダンジョンに戻って行くモンスターたち。先ほどとは打って変わって余裕のある様子を見せている。魔石の効果は抜群であったらしい。
それでは自分も――と立ち去りかけた大蛇に向かって、
『あぁ、お前には道案内を頼みたい。とりあえずコレに入ってくれ』
『……は?』
差し出されたクロウの掌の上には、透明なプラスチックのボールが載っていた。




