第百九十五章 マナステラ 2.スタンピード
どうもマナステラの住人たちは、スタンピードの兆候に気付いていないらしい。
そう聞いたクロウは、放置しておくと面倒な事になるという懸念と、そして――ダンジョンマスター改めダンジョンロードとしては、一度くらいスタンピードを見ておくべきだろうという、好奇心と使命感が綯い交ぜになった思いから、現地へ赴く事にした。
従魔たち以外の同行者は、道案内のシャノアの他に、この手の事に詳しそうなダバルとネスに頼み、ステルス能力に長けたアンシーン――〝見えざる者〟という意味――で移動する。ネスは「間の幻郷」の臨時ダンジョンマスターを兼務している身だが、アンシーン自体もダンジョンなので、何かあればクロウのダンジョン移動で即座に立ち戻る事ができる。ネス不在の間、「間の幻郷」の管理はチーム「スリーピース」の精霊たちに任せ、臨時の後見としてペーターに来てもらう手筈になっている。
『よし、アンシーン、出航せよ』
『アイアイサー提督、出航します!』
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『ふぅむ……あれがスタンピードというやつか?』
クロウの眼下では、一群のモンスターたちが丘陵地を駆け続けている。ただ、ラノベとかに能くあるように、近隣の村や町を目指して――というのではないらしく……
『……シャノア、あいつらどこへ向かってるんだ?』
『知らないわよ、そんな事。クロウが訊いてみたらいいんじゃない?』
『……訊き方を変える。やつらの進行方向には何がある? 村とか町とかはあるのか?』
クロウがそう訊き直すと、シャノアは暫し考えていたが、やがて徐に飛び去った。どうやら現地の精霊たちに訊き込みをするつもりとみえる。
待つ事およそ三十分、舞い戻って来たシャノアが言う事には――
『――ここの精霊たちにも、心当たりは無いそうよ』
だとすると、特定の目的地は無く、単に元いた場所から離れようとしているだけだろうか? 過密状態に陥ったバッタやレミングなどが、時としてそういう行動を取ると聞くが。だが……単に元いた場所を離れようとしているにしては、何れも判で押したように同じ方向に進んでいるのはなぜだ? 同種の生物からなる集団ならまだしも、眼下の集団は様々なモンスターの寄せ集めに見えるが? 複数種の小鳥が時に混群を作る事は、生態学を専攻した友人から聞いた事があるが……
どこか腑に落ちぬ思いで眺めていたクロウであったが、今度は別の事が気になりだした。
『……おぃ……あのモンスターたち、何か妙に消耗してないか?』
ダンジョンマスター、あるいはダンジョンロードの職能なのか、クロウは眷属以外のモンスターについても、ある程度の体調は把握できるようになっていた。
その能力を使って眼下の集団を観察すると、何れも消耗の度合いが大きく、余裕の無い風に見えるのであった。にも拘わらず、彼らはペースを落とすでもなく、一定の方向に進んでいる。その速度は精々早足といったところで、「暴走」という印象にはそぐわない。
(……どうも能く判らんな。俺の知識にあるスタンピードの類別で言えば、ダンジョンが崩壊した場合に似ているんだが……その場合のダンジョンモンスターって、こうも規律正しい動きを見せるものなのか……?)
解らない事があれば直ぐに調べる――というのは、小学校の担任だった先生からの教えである。クロウはこれを――物書き商売に手を染めてからは特に――座右の銘としてきた。この場合訊ねる相手はモンスターたちになろうが、余裕の無い様子が気懸かりである。飢えたモンスターたちに襲いかかられては面倒だ。
(〝衣食足りて礼節を知る〟っていうのは、古今東西を通じての真理だよな。……よし)
――クロウは決断し……そして、行動に移した。




