第百九十四章 王都イラストリア 10.王国軍第一大隊(その10)
「……もう少し現実的な方面からの検討に移ります。これらⅩの行動は、テオドラムの側からはどう見えたか。また、テオドラムはそれにどう反応したか」
――ローバー将軍は無言のまま腰を下ろした。
「まず、モルヴァニアに出た鬼火の件は、テオドラムに知られているかどうか不明です。ただ、この場所にモルヴァニア軍が布陣しているのは判っている筈」
将軍は黙って頷く事で先を促す。
「シュレクでの騒ぎ――スケルトンワイバーンだけでなく、ドラゴンが出たという噂もあります――の後にモルヴァニアが国境監視部隊を布陣させる。そしてその後に、今度はマーカスとの国境線上に『災厄の岩窟』が出現する」
「……『災厄』の二つ名のとおり、色々やらかしてくれたよな……」
これら一連の動きの結果として……
「テオドラムとしては、東側に兵力を――少なくとも或る程度――移動集中せざるを得なくなった訳です。この状況をテオドラムの側から見ると?」
「……陽動……となる訳か?」
「陽動だとしたら、一体何に対しての陽動だったのでしょうか?」
「……当てはまる案件が無ぇな、確かに」
――実際には、モルヴァニア軍国境監視部隊を悩ませた鬼火と、マーカス領空を侵犯したスケルトンワイバーンは、この二国を動かす事によってテオドラムの注意を東側に向けようという、ゲルトハイム鋳造所での地金すり替えに対する紛れも無い「陽動」であったのだが……イラストリアではその事実を掴んでいないだけでなく、その直ぐ後に「災厄の岩窟」が鳴り物入りで御目見得した事もあって、陽動作戦の目的を量りかねていた。要するに、鬼火から「災厄の岩窟」までをワンセットの「陽動」だと捉えていたのである。これでは「陽動」の目的など解る筈が無い。
だから――こういう誤解も生まれてくる。
「ただし結果的に見れば、テオドラムは東側に多くの戦力を、それも二ヶ所に分散して貼り付けざるを得なくなっています。Ⅹが期待したのは、あるいはこういった状況なのかもしれません」
「戦力の分散と、それに伴う兵力運用の掣肘か……」
軍事的には納得できる結論であった。
「Ⅹの意図を正しく看破したのか、それとも深読みしたのかは判りませんが、アバンの『迷い家』とカラニガン近郊の『シェイカー』に対しては、テオドラムは何の動きも見せていません。まぁ、どちらもヴォルダバンの領内ですから、表立って動きにくいというのもあるでしょうが。――要するに、この二ヶ所は陽動として機能していません」
「……それくれぇの事ぁ、Ⅹにだって読めてた筈――って言いてぇんだな?」
「どちらも活動内容が微妙ですからね。危機感を煽るには不向きでしょう」
「だが、テオドラムとしちゃ見過ごしにゃできん訳だ。……かと言って、軍を動かすにゃあ大義名分ってやつが弱い。……嫌がらせとして見りゃ秀逸だな」
「えぇ。ヴォルダバンに面した部隊を強化するにせよ、テオドラムの兵力運用はかなり窮屈なものになります。相互の支援は限られたものになるでしょう」
この状況を、テオドラムの側に立って見ればどうなるか。
「……ウォーレン……貴様が言っていた多方面作戦の覚悟ってやつぁ……」
「これが単なる陽動なら、陽動と判明した時点で兵力を動かせばいい訳です。それができないのは……」
「……見せかけでなく、実際にマーカスやモルヴァニアが動いた場合――か。……その兆候はあるのか?」
「いえ。ですがテオドラムとしては、その可能性に備えない訳にはいかないのでしょう」
溜め息と鼻嵐を綯い交ぜにして、ローバー将軍がウォーレン卿に申し渡す。
「……ウォーレン……重要な指摘も多かったが、それ以上に想像による部分が多過ぎる。この話はここだけのものとして、とりあえず陛下たちには黙ってろ。……儂はもう少し考えてみる」
「承知しました」
あれこれと深読みするのは参謀の仕事。それを基に決断を下すのは指揮官の仕事。ウォーレン卿はその職分をきちんと弁えていた。
……面倒事を丸投げした訳ではない……多分。
これにて本章は終わりです。




