第百九十四章 王都イラストリア 8.王国軍第一大隊(その8)
「……言われてみりゃあ、確かにな。……包囲網って線は消えるか……」
考え込んだローバー将軍に追い討ちをかけるように、
「――もう一つ。ピットは以前から存在したダンジョンの動きを活溌化させただけでしょうし、シュレクの場合は砒霜の存在と無関係ではないでしょう。そうすると、Ⅹが自身の判断で場所を選んで造ったのは、『災厄の岩窟』という事になります。しかし、あの場所に何か戦略的・戦術的な意味があるのかというと……」
「そうは思えねぇな、確かに」
「はい。素よりテオドラムとマーカスの間には通商路など存在しませんし、抑それ以前に、あの場所に街道のようなものはありません。テオドラムのマーカス侵攻を牽制・阻止するという意味はあるかもしれませんが、寧ろ『岩窟』の出現が両国の緊張を高めているのが実情です。まぁ、これはモルヴァニアも似たようなものですが」
Ⅹがテオドラムの包囲を目論んでいたとするならば、通商・交通を遮断する効果の薄い東側から始めたのはなぜなのか。テオドラム及び周辺国の混乱を嫌ったにしても、他に幾らでもやりようはあったのではないか?
だとすると……
「……あの場所に意味は無ぇってか?」
「軍事的な意味としては――です。例の悪趣味な銅像が出土した事や、それ以外にも金貨や金鉱石が得られた事を考えると、資源としての意味があったのかもしれません」
「……そう言や、そんな話もあったな。……ウォーレン、そっちの話はどうなってる?」
「マーカスからはこれといった報告はありません。低品質の鉄鉱床が存在したとは聞いていますが、資源としての価値は高くないそうです。ただ、シュレクの鉱山を失ったテオドラムとしては、無視できないのかもしれないとの指摘も受けています」
「金とかそっちの話は無しか?」
「はい、生憎と」
事ここに至って、ローバー将軍も従来の見解を見直さざるを得なくなった。Ⅹはテオドラムの包囲を狙っている訳ではないのかもしれぬ。
「ウォーレン、推測……いや、山勘でいい。Ⅹの目論見について、何か気が付いた事は無ぇのか?」
「……敢えて言えば……『災厄の岩窟』はピットからもシュレクからもほぼ等距離にある事と……その距離はシュレクと『シェイカー』の活動地点、或いはアバンの『迷い家』との距離に近い――という事ぐらいしか……」
「距離だと?」
ローバー将軍は改めて地図に見入ると……盛大に鼻を鳴らした。
「ウォーレン……もしも距離ってやつに意味があるとしたら……」
「『災厄の岩窟』があそこに造られたのは、ピットとシュレクの位置関係から決められた、即ち、包囲陣や阻止線としての意図は存在しない――という事になります」
「ダンジョン相互の支援可能距離……か?」
「イラストリアの場合はどうだったかを検討する必要はありますが」
看過できない、そして重要な指摘であった。
――事実に擦りもしていないという事を別にすれば――
「Ⅹの活動はテオドラムに対する包囲作戦の一環――そう安易な結論に飛び付いちゃ拙いって事になるか……」
「その根拠の一つくらいは示せたかと」
――と、決着が付きそうになったところを、根底から盛大にひっくり返すのがウォーレン卿という人物であって――




