第二十三章 捜索者 2.通報
今回の話は、時系列的には、王国軍のダールとクルシャンクが山越えを終えた頃の話になります。
『……と、言うような事を聞き込んだわけだが、どうしたもんかな?』
クロウは洞窟内で眷属会議のメンバーに問いかける。何かある度に眷属会議を招集して意見を聞くなど、およそダンジョンマスターらしからぬ振る舞いなのだが、今更それを気にする者などいない。
『どうするもこうするも、何ができるというんじゃ?』
『そうですねー。今更何もできませんよね』
『男爵家に……知らせるか……捜している男に……知らせるか』
『捜しているのが追っ手と言う可能性も無視はできないんじゃ……』
『それこそ我らの気にするところではないでしょう。必要な情報を届けただけですからな』
『そもそも伝手があるまい。男爵家には投げ文でもしておけばよかろうが、捜しているという男にはどうやって近づくと言うんじゃ?』
皆の意見を聞きながら、クロウは断を下す。
『そうだな。爺さまの言うとおり、男爵家に投げ文をするだけにしよう』
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その日、ホルベック卿の屋敷は、マール発見以来の騒動に見舞われていた。
こともあろうに当主ホルベック卿の自室に、「ヴァザーリ伯爵領西側の山麓で、公子マールを捜している男がいる」とだけ書かれた紙片が置かれていたのである。
ホルベック卿は驚き、狼狽し、そして恐れた。一体何者がこの知らせを持って来たのか。その者はマールの正体を知り、捜索者の事を知り、そしてこの屋敷に、しかも当主の自室に、易々と忍び込んで見せたのだ。
何者かなどと判り切った事だ。あの子をこの屋敷に届けた者、それ以外にいないではないか。
判らないのはその意図だ。しかし、前回といい今回といい、あの子の身を気遣ってくれているようだ。敵意はないと見てよいか。
ならば今なすべきは、通報者の正体をあれこれ論じる事ではない。この捜索者をどうするか考える事だ。敵か、味方か。あの子は一人でこの国にやってきたと言っていたが……。ふむ、確かめてみるか。
「お呼びですか? ホルベック卿」
ホルベック卿は下男を使いに遣って、離れからマールを呼び寄せた。
「うむ。わざわざ呼び寄せてすまなんだのう。何ぞ不自由しておる事はないか?」
ホルベック卿はまず、少年の近況から聞いてみる。見たところでは顔色も大分よくなったし、心なしか身体も成長したようだ。しかし、相変わらずその目は、奥底に深い悲しみと怯え、そして諦めを湛えている。
「いえ、皆様のお蔭をもちまして、すっかり体調も戻りました。感謝の言葉もございません」
「ふむ、それは重畳。そなたの父上とは昔から肝胆相照らす仲であった。ここをわが家と思うて、気を遣わずにな」
言葉を尽くしてみるが、少年の心を溶かすにはまだ長い年月が必要であろう。それが判っているホルベック卿は、急く様子もなくゆったりと構えている。
「本日呼んだのは聞きたい事があってな。そなたがこの国へ入った時、他に仲間はおらなんだか?」
「いいえ、私一人でございました。ただ、逃がしてくれた方より、道中の身の安全は保証するとだけ言われましたが……。他に仲間といえるのは、私を匿ってくれた商人のみでございます」
「ふぅむ……実は斯様な文が儂の自室に投げ込まれておってな……」
そう言ってホルベック卿は少年に紙片を見せる。一読した少年は顔に怯えを滲ませて卿の顔を見上げる。
「追っ手でしょうか?」
「そうかも知れぬ。しかし、そなたの身の安全を保証すべく付けられた護衛かも知れぬ。この件は儂に任せてくれぬか。悪いようにはせぬゆえな」
卿はこの時、件の男を捜すために使いの者を派遣する事を決めていた。なに、目印はある。あの時の割り符を使えばよいのだ。
明日は新しい章に入ります。




