第百九十三章 思惑と誤解 3.ウォーレン卿(その1)
沿岸国を探らせているダールとクルシャンクからの定期報告を見直して、ウォーレン卿は考え込んでいた。
イラストリア王国軍の懐刀などと称されている自分だが、このところ――本人の視点では――成績不振が続いている。Ⅹの動きやその意図が、どうしても読めないのだ。
Ⅹが自分より二枚か三枚上手なのを認めるに吝かではないが、このところ立て続けに読みを外されているのは、どうもそれだけが原因ではないような気がする。確たる証拠も無い直感のようなものだが、何かⅩの方も不本意な展開に振り回されているような印象があるのだ。
(まぁ……Ⅹがあちこちと手を伸ばしてくれたお蔭で、関係が恐ろしく複雑になってきてますからね。……本来なら、問題を必要以上に複雑にするのは禁則なんですが……Ⅹの方にも何か事情があるみたいですからね……)
何しろ今年に入ってからだけでも、エルギンで古酒が御目見得、セルキアでテオドラムの贋金貨が発見され、アバンには「迷い家」が出現、「災厄の岩窟」の傍には「誘いの湖」が突如として出現し、テオドラムとヴォルダバンの国境付近では「シェイカー」が活躍したかと思えば、バンクスの店でクリムゾンバーンの革製品のお披露目……と、盛り沢山である。裏こそ取れていないが、テオドラムが急に小麦の販売を引き締めたのも、なにやらⅩが絡んでいそうな気がする。
(新年祭と五月祭を除いてこれですからね……全く、Ⅹも何を考えてここまで手を広げたのやら……)
そう悩みながらメモを眺めていたウォーレン卿は、書き出した内容が幾つかに大別できそうな事に、今更ながら気が付いた。
(……エルギンの古酒とバンクスの革は、どちらもノンヒュームの活動ですね。Ⅹがこれに絡んでいるとしても、それは飽くまで協力者としてでしょう)
――言い換えると、Ⅹ自身の活動とは少し外れているような気がする。
(アバンの「迷い家」は……これは解りませんね。あのⅩが無駄な事などしないでしょうから、何か遠大な計画の一手なのかもしれませんが……その点では「誘いの湖」も同じですね。既に「災厄の岩窟」が存在しているのに、態々新たに湖を造った理由が思い当たりませんし……)
――この二つが何か遠大な計画の第一歩というのなら、少なくとも近日中にⅩが動く予定は無いという事だ。検討は後廻しにしてもいいだろう。
(贋金貨と「シェイカー」は、どちらもテオドラムに対する牽制、もしくは嫌がらせでしょうね。なぜあの場所で――という疑問は残りますが……案外、場所に大した意味は無いのかもしれませんね。……どこで発覚しようと、嫌がらせの効果としては大差無いでしょうから)
「シェイカー」がなぜあの場所に拘っているのか解らないが、何か拠点の都合とか、そういう副次的な理由なのかもしれない。少なくとも、あそこでなければ効果が無い――というほど強固な理由あっての事かどうかは疑わしい気がする。
(……こうして見ると、Ⅹの本手は贋金貨と「シェイカー」のようですが……どちらにしても嫌がらせ程度のものにしか思えないんですよね……)
使い方次第ではそのどちらも、テオドラムに大きな傷を与える事ができた筈だが……それらを敢えて小手調べのように使っている。
(実害を抑えつつ、テオドラムに対する強力な牽制とする。……確かに効果的ですが、それにしても贅沢な牽制ですね……)
――「牽制」という語から連想が飛んだ。
第一にこの「牽制」は、テオドラムがノンヒュームにちょっかいを出すのを妨げてもいるのだろうという事。そして第二に、テオドラムはこれらの動きに対してどのように対処したのかという事。
それに気付いたウォーレン卿は、きちんと整理された書類の中から、目当ての報告書を引き抜いた。これが上司のローバー将軍だと、書類は乱雑に積み上げられているのだが、それでもどこに何があるかはきちんと把握しているらしく、造作も無く目当ての書類を探し出して見せる。そんな特技を持つ上司を少しだけ羨ましく思いながら、
(……贋金については、国内で犯人を捜すに留めているみたいですね。まぁ、他国で派手に訊き込み捜査を行なうのは、テオドラムとしても憚られたんでしょうが)
瓢箪から駒というやつで、前回の改鋳の時に地金をちょろまかした責任者(当時)が摘発されたりもしたらしいが……今回の贋金騒ぎに関しては、未だ――偽造犯はエメンで決まりのようだが、それ以外の――一味の動きは判明していないらしい。
(……まぁ、Ⅹならそんなヘマはしないでしょうしね。「シェイカー」に対しては……これも現場がヴォルダバン国内なだけに、今のところは静観の構えですか……)
どちらの件でもテオドラムの動きは大きくないようだが、だからと言って軽視している訳ではあるまい。おそらく内心では気が気でないだろう。寧ろテオドラム自らが好きなように動けない分だけ、苛立ちの方は強いかもしれない。
(……こういう嫌がらせの手並みは、見習うべきかもしれませんね……)




