第百九十三章 思惑と誤解 1.クロウ(その1)
エッジ村の村長たちから夏祭り期間中の失踪を勧められたクロウは、久々にクレヴァスを訪れていた。クレヴァスについては取り立てて問題が報告されていなかったため、レブから念話での報告を受けるだけで、現地の視察は延び延びになっていたのである。
『任せっきりですまないな、レブ』
『いえ、クロウ様がお忙しいのは皆解っておりますから』
健気に答えるレブや従魔――とその候補――たちを見て、もっと頻繁に足を運ぶべきだったかと反省するクロウ。……いつの間にかまた従魔候補が増えたようだ。
『この辺りではほとんど唯一と言ってもいい水場ですから』
『それを求めてやってくる小動物も多い訳か』
クレヴァスのある辺りには他に水場らしいものが無いため、雨の多い年に草が少し生える程度で、植物の少ない荒れ地が広がっている。レブの言うように、この界隈でほぼ唯一のオアシスのようなものであるため、周辺から小動物が集まる形になっていた。
目立つのを避けるというクロウの方針を理解しているレブは、彼らを受け入れはしたものの、全員が同時に外に出るのを禁じていたため、一見しただけでは小動物が蝟集しているようには見えない。ダンジョンであるクレヴァス内部には広い空間が用意されているため、収容力にはまだまだ余裕があったのである。
なお、緑化は進めたいが目立つのは避けたいクロウは、クレヴァスのある岩山だけに水を供給するのではなく、辺り一帯に――岩陰などを中心にして――少しずつ水を供給する方針を採用していた。その甲斐あって、一見したところあちこちに疎らに植物が生えているだけで、緑化が進んでいるようには思われていなかった。
人の目にはまだ荒れ地としか映らないが、身体の小さな者たちには充分に緑化の恩恵を感じられる――そういう状況を作り出すのに成功していたのである。
ちなみに、自重知らずのクロウは錬金術による光ファイバーケーブルの作製に成功しており、クレヴァス内部に居ながらにして日光浴が可能となっているのは、表に出せないここだけの話である。
『問題が無いのは何よりだ。中二病のドラゴンどもは、あれ以来やって来ないのか?』
『はい。……残念ながら』
既にドラゴン二頭を――最初の一頭はクロウたちの協力を得てであったが――屠った実績のあるクレヴァス組は、皆残念そうな表情である。
『ふむ……立て続けに二頭のドラゴンを狩った訳だしな。危険な場所と認識されたか?』
それはそれで面倒な事にならないかと危惧したクロウであったが、
『その可能性もありますが……ウィスプの働きも大きいのではないかと』
『あぁ……それもあったか』
以前ダンジョンマスターらしい男――ダバルの今は亡き弟――にダンジョンである事を看破されて以来、ダンジョン特有の魔力の漏出を抑えるべく、クロウは指揮下のダンジョンにウィスプを配置して、ダンジョン内に漂う余剰魔力を吸収させていた。その甲斐あって、今では精霊たちですら戸惑うほどに、魔力の漏出を抑える事に成功している。経験の無いドラゴンの目を欺くぐらいは、朝飯前であった。
『ふむ……とは言え、ここがドラゴンの通り道だと誤解しているせいで、行商人どもが立ち寄らなくなっているのも事実なんだよな……』
ドラゴンの飛来が無くなったら、またぞろ――あの面倒なコーツ爺のような――行商人がやって来ないとも限らない。思案顔のクロウであったが……
『いえクロウ様、それについては少しばかり小細工をしておきました』
『小細工だと?』
何度か馬車が近寄った事があったそうだが、以前に使用したドラゴンの尿を薄めて風に流してやったところ……
『馬が怯えて逃げ出した……か』
『はい。それはもう、胸のすくような光景でした』
そういう事が二度ほどあったが、それ以降は誰も近寄って来ないという。ドラゴンの噂に真実味を与える事になったのではないかというのが、レブの見立てであった。
『まぁ……それから暫くの間は、動物たちも近寄って来ませんでしたが……』
『薬が効き過ぎた訳か……』
とは言え、今では臭いも薄れたと見えて、小動物たちが再び訪れるようになったそうである。ビオトープの作成は首尾好くいったか――と、得心していたクロウであったが……
(……ちょっと待て。……クレヴァス周辺の緑化が進む事で、周りから小動物が集まって来たんだよな? ……だったら……「誘いの湖」の場合は……?)
同じように小動物を誘引するだろう事は間違い無い。……農業害虫や害獣とされているものも含めて。
(――それが原因か!)




