第百九十二章 それぞれの夏祭り 6.ハデン(その2)
「最近出廻ってる食器や骨董品――だぁ?」
「あぁ。家名は言えないが、自分の主が気にしていてな。例の古酒騒ぎの事は聞いてるか?」
「あぁ……イラストリアで出廻ってるってやつか。それが?」
「いやな、あれが沈没船から引き上げられたって事になると――」
「ちょっと待て、ありゃ、沈没船からの引き上げ品か?」
ダールの説明を途中で遮って食い付いたのは骨董屋の親爺。どうやら古酒の件は知られていても、それがサルベージ品という話は届いていないらしい。おや?――と思いつつも、これは一つの収穫だと心に留める。
「あぁ、そういう話だったが……聞いてないのか?」
「初耳だ。……いや、そうじゃねぇかって意見はあったんだがな、はっきりしたネタとしては聞いてねぇ」
「そうか……話を続けるぞ? あれらが引き上げ品だとすると、他にも引き上げられた品があるんじゃないかというのが、自分の主の意見でな。できればそれを手に入れたいとの仰せな訳だ」
ふぅむ――と考え込む骨董商を見て、ここはどうやら外れらしいと察するダール。しかし、それでも何かの情報が得られそうな気もする。
「……いや……そういう話は聞いてねぇな。引き上げられたとしてもこの港じゃ……いや、イスラファンじゃねぇんじゃねぇか?」
「……そう思うか?」
「あぁ。レンツだろうがシュライフェンだろうが、イスラファンで引き上げられたってんなら、何かしらの噂は聞こえてくる筈だ。――が、そんな噂は聞いた事が無ぇ」
「ふぅむ……」
ここへ来てようやく――ネガティブなものではあるが――手懸かりらしいものに辿り着いたようだ。
「力になれなくて悪かったな」
「いや……充分面白い話だった」
礼金代わりに銀貨一枚を放って、ダールは店を後にした。
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「異国の訛りのある男?」
「あぁ。ちぃと訳があってな。心当たりは無ぇか?」
サルベージ品の捜索をダールに任せたクルシャンクが訪れているのは、ここハデンの冒険者ギルドである。嘗て冒険者であったという前歴もあって、クルシャンクは冒険者ギルドでの訊き込みを中心に、「謎の異国人部隊」の動向を調べていた。上陸そのものは数年前に遡るとしても、どうやら――なぜか詳しくは教えてもらえなかったが――目立つ活動を始めたのは、ここ一月の事らしい。だとしたら、何らかの痕跡が残っていないとも限らない……
甚だ心許無い話ではあったが、他に辿るべき手蔓も無い事とて、クルシャンクはギルドでの訊き込みに当たっていたのであった。
「……ギルド員の情報が訊きてぇってんなら、ウチとしても軽々しく漏らす訳にゃいかんぞ?」
然るべき根拠があるんならそれを出せ――と言わんばかりのギルド職員であったが、そんなものは無い。……と言うか、問題の異国人部隊が実在するのなら、冒険者として登録して跡を残すような真似はしないだろう。
「いや、冒険者じゃなくて札付きの方だ。そういう手配書とかは廻って来なかったか?」
「……そいつ、何をやらかしたんだ?」
「悪いな。依頼人の意向もあって、詳しい事は言えねぇんだ。あぁそれから、そいつは一人じゃなくて、他の連中と徒党を組んでる可能性もある」
ケロリとした顔付きで情報を渡すつもりの無いクルシャンクに、ギルドの職員は一つ盛大に鼻息を吐いて見せたが、
「……いや……俺の知ってる限りじゃねぇな。……問い合わせでも廻すか?」
「いや、こっちも先を急ぐんでな。そういう噂を聞いてねぇってんならそれでいい。あとは自分で訊き込んでみるさ」
「……妙な諍いは御免だぞ?」
「解ってるって」
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「……結局のところ、収穫は無しか」
「どうすんだ? さっさとアムルファンに入って、カファの町へ行くか?」
「……いや……折角海沿いの町まで来たんだ。この界隈で少し訊き込んでみよう。サルベージの方はともかく、問題の『異国人部隊』とやらが隠密行動をとっていたなら、ハデンの町は寧ろ避けただろう」
「……けど、あれこれの必需品はどうしたって入手する必要があった筈で、そのために小さな港町を利用した――か?」
「飽くまでこっちに都合の好い仮定の話に過ぎんがな。だとしても、放って置く訳にもいかんだろう?」




