第百九十二章 それぞれの夏祭り 5.ハデン(その1)
七月七日、ようようハデンの町へ辿り着いたダールとクルシャンクは、街中の賑わいに些か当惑していたものの、間を置かずしてその理由に思い当たった。
「そうか……夏祭りか」
「世間様じゃそんな時節なんだな。うっかりしてたぜ」
ここしばらくというもの、上司から背負い込まされた面倒な案件に係っていたせいで、年中行事だの季節感だのというものからはすっかり疎遠になっていた。いつの間にか社畜と化していた事に気付いて憮然たる面持ちの二人であったが、やがて口を衝いて出てきた台詞は――
「……この様子だと、世間話に応じちゃくれねぇかもな」
「だが、その一方で人出は多い。何か知っている者にぶち当たるかもしれん」
――という、社畜根性の染み付いたものであった。
年に一度の祭礼を前にして、他に言うべき言葉は無いのか?
「……何でかイラっときたが……それはともかくとして、何か掘り出せると思うか?」
「……何も出ないんじゃないかと思ってるのか?」
多分に疑いを含んだクルシャンクの問いかけに、逆に問い返すダール。
「あぁ、ヤシュリクはおろかナイハルでも、大概しつこく訊き廻ったってのに、食器もサルベージ品も、古酒の噂すらチョイとも出てこなかったろうがよ。『謎の異国人』とやらは論外としてもな」
上司たちの話では、「謎の異国人部隊」が上陸したのは、数年前に遡る可能性があるという。それなら噂話が埋没・風化している可能性は高いだろう。しかし、古酒だのサルベージだのは今年の事で、それも明るみに出てから半年近く経っている。いい加減噂の一つくらい聞こえてきそうなものだが……
「……確かに、不自然なほど噂が無かったな」
「だろ?」
――正確に言えば、噂自体はあった。ただし、それらは何れもイラストリアで出廻った古酒の話であり、ここイスラファンで訊き込んだ限りでは、食器などのサルベージ品はおろか古酒ですら、出廻ったという話はまるで無かったのである。
「まぁ、噂が無いなら無いで、その事も重要な情報だからな。上が気にしている現場は、イスラファンじゃなくてアムルファンなのかもしれん」
「……アムルファンに行ったら、そこでも空振りって気がしてしょうがねぇんだが……」
なおも疑わしげな同僚に向かって、釘を刺すように押し聞かせるダール。
「クルシャンク、言霊って知ってるか? 余計な事を言わずに、さっさと宿を探すぞ。この人手だと、下手をすると今夜は野宿って事になりかねん」
「お、そいつぁ願い下げだ。さっさと宿を取っちまおうぜ」
結論を言えば、十一軒目の木賃宿でどうにか部屋を確保できた二人は、手分けして訊き込みに当たるのであった。




