第百九十二章 それぞれの夏祭り 3.シュレク(その1)
その老人は、久方ぶりに出会った旧友に声をかけた。
「ほぃさ、元気でやっとるようじゃな」
「おぅさ、ぼちぼちな。これもダンジョン様のお蔭じゃて」
夏祭りの当日、シュレクの仮称「ダンジョン村」には、近くの村々からも客が訪れていた。先の老人もその一人で、夏祭りを機にここ「ダンジョン村」の旧友の許を久々に訪れたのである。
「ダンジョン様か……正直言って、今一つ信じ切れんところはあるんじゃが……お主らの様子を見るに、空言という訳でもないようじゃな」
「当たり前じゃ、罰当たりめが。儂らはダンジョン様のお情けで助けられたんじゃ。この村でそういう事を言うとると、袋叩きにされるぞ」
心外そうに言う老友の顔が、すっかり信者のそれになっているのは気懸かりだが……それ以外は頗る調子の好さそうな風を見て、まぁ大丈夫かと判断する隣村の老人。試しに飲ませてもらった水は、以前の金気臭い井戸水とは全く違う、異臭の欠片も無い美味い水であった。他の村人たちの顔色も好いし、見れば小麦を始めとする作物の出来も、以前とは較べものにならないほど良いようだ。
……もしもこれが全て「ダンジョン様」の御利益だと言うなら、自分の村に勧請を考えてもいいかもしれない。
「ふむ……麦の育ちも随分と良いし……何より土が見違えたのぉ……。これもダンジョン様の御利益というやつか?」
「そうじゃとも。一夜にして村中の土が生き返ったんじゃぞ? お蔭で作物の出来も上々じゃし、この頃では近くの木立まで勢いが良い」
「何? ……そう言えば……何か以前とは違うとると思っとったが……」
嘗ては貧弱な低木が疎らに生えるだけだった荒れ地が、今は緑に茂っているのに気付いて目を瞠る。
「誘いの湖」造成と併行して、この村の周辺でもクロウが緑化を進めた成果であった。その実、精霊門の復旧に向けたビオトープ再生の試験的な意味もあるのは、ここだけの話である。
「お蔭で畑の肥やしやら薪やら、大助かりじゃ。……まだ贅沢に使う程ではないがな」
「何を言うとるか。これだけ木だの草だの生えておれば、ウチの村より余程に住み易かろう」
――クロウが持ち込んで封印していた「魔の肥料」を、極限まで薄めての撒布試験も兼ねていたため、緑化の進み具合は半端ではない。村人などは、そろそろ鼠の害を心配せねばならないか――と、ある意味で贅沢な懸念を抱いているぐらいだ。
何しろ以前のこの村ときたら、鉱毒のせいで鼠すら近寄らなかったくらいなのだ。それからすれば長足の進歩……と言っていいのかどうかは判らぬが、少なくとも大いなる変化ではあった。
「それに……見慣れぬ作物も作っておるようじゃな?」
「ん……まぁのぉ……」
この村ではクロウから融通してもらったジャガイモやらサツマイモやらブロッコリーなどを育てているが、万一ダンジョン様に迷惑がかかってはとの想いから、それらは全て村内で消費し、他所の村に持ち込む事はしていない。
クロウが与えた作物のうち、ジャガイモについては似たものがこちらの世界にも存在しているし、ブロッコリーはまだ時期的に花梗を伸ばしていないため葉野菜の何かだと誤魔化せたが……蔓性のサツマイモは似た作物が知られておらず、誤魔化しようもないのであった。畢竟、他所の村から来た者たちの注意を引かざるを得なかったのだが……




