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第百九十二章 それぞれの夏祭り 1.ヴィンシュタット(その1)

 七月七日の夏祭りを前にしたある日、テオドラムの首都ヴィンシュタットに派遣されているアムドール・ソレイマンは、数通の手紙を前に考え込んでいた。



「はてさて、どうしたものかな……」

「無視なさる訳にはいくまいかと存じますが?」



 (かたわ)らに立つ金髪碧眼の若い男が、控えめな声で注意を促した。



「それは解っているけどね、イズマール……」

(そもそも)はと云えば、旦那様が蒔いた種でございます。我らの素性が露見せぬよう注意は必要でしょうが、逆にそれさえ注意すれば……」

「……情報収集には恰好の場――か」

「はい。ここは覚悟をお決めになって下さい」



 渋い表情でソレイマンが見つめている手紙の正体は、夏祭りへの招待状であった。

 それも、ヴィンシュタットにある様々な宗派からの。



 ――発端となったのは、先月頭にヤルタ教の神官が、ヴィンシュタットの屋敷を訪れた事であった。


 彼らはここヴィンシュタットの「幽霊」屋敷の事を聞き及び、除霊と布教のために訪れたのである――先任者のカイトが移り住んでから一年以上経った後で。

 クロウからヤルタ教のアレな評判については聞き及んでいたスレイマンであったが、そこで彼らをとっとと追い返す事はせずに、やんわりと入信を謝絶した後に銀貨十枚の喜捨をする事で、ヤルタ教との繋がりを残したのは、(ひとえ)に情報収集のためである。何しろクロウが警戒している勢力の一つがヤルタ教なのだ。その動向を窺う伝手(つて)と思えば、これをむざと逃す愚は冒せない。


 この判断自体は妥当なものであったし、ヤルタ教偏重の疑いを(ふっ)(しょく)するために、他の宗派にも同額の喜捨をして廻ったのも、やはり妥当な判断であった。


 ただ――そのために各宗派からは得がたいパトロンであると認識され、事ある毎に何かとお呼びがかかるようになったのは、予想外の展開であった。

 あまり表舞台には出たくないエルダーアンデッドの身なのだが、今更宗教勢力との付き合いを絶つ訳にもいかず、(しき)りに各教会を訪れるアンデッド――という、(いささ)か奇妙な存在が出現するに至っていたのである。



「まぁ……夏祭りは一日だけだしな。新年祭の時は故郷に帰省……という事にでもすればいいか」



 こちらの五月祭と新年祭は数日にわたって開催されるが、夏祭りは七月上旬の一日だけ――テオドラム始め大抵の国では七月七日――と決まっている。

 余談ながら、元々夏祭りは新年祭と対をなすもので、一年の半分を無事に過ごせた事への感謝と、一年の残り半分も無事に過ごせるようにとの祈りを、各々が信じる神に捧げる祭礼である。なのでこの期間は、丁度新年の余日と同じような感じで、休みや半休にするところが多い。


 閑話休題――このところのテオドラム王国は、あれこれとおかしな動きを見せている。その件について探りを入れる、好機と言えば好機であろう。



「穀物の輸出で成り立っているようなこの国が、事もあろうに小麦の販売を控えるとはな……」

「ハク・シュクの両君がそれとなく訊き込んだ限りでは、王都の者たちも首を(かし)げているようで、今一つ要領を得ませんでしたからねぇ……」



 周辺国や商人の中には困惑した者も少なくないが、要するにテオドラムが他国への小麦販売を控えているだけなので、テオドラム国民の生活には大きな変化は無かった。そのために、ハクやシュクがご近所さんで訊き込んでみても、詳しい裏事情が判らなかったのである。



「教会が何かを知っているとも思えないが……今は少しでも情報が欲しい」



 ――という思惑(おもわく)もあって、気が進まぬながらもソレイマンは、各宗派の教会からの夏祭りのお誘いを受ける事にしたのであった。


 それに……彼としてはもう一つ、確かめたい事もあったのである。

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