第百九十一章 船喰み島 3.上陸
『よし、着いたぞ。……ハンス、大丈夫か?』
『は……はぃ……何とか……』
クロウの飛行術で島へ上陸した訳であるが、部下とは言え男をお姫様抱っこする趣味はクロウには無いため、ぶら下げての飛行となったのだが……短時間であっても、地に足が着いていない状態での高速飛行というのは、ハンスには堪えたらしい。既に気息奄々という状態であった。
『ま、一旦ダンジョンを作成すれば、帰りはダンジョン転移で一瞬だから安心しろ』
『……是非……お願いします……』
息も絶え絶えのハンスを尻目に、クロウは懐から透明なボールを取り出すと、徐にそれを開放する。と、小さなボールの中から従魔たちがゾロゾロと現れた。
実はこのボール、これでも歴としたダンジョンである。クロウが以前に従魔たちの運動・娯楽用にと開発したもので、ハムスターなどの運動用に市販されているものを、空間魔法を付与した上でダンジョン化した代物である。なので携帯可能なほどに小さくても、従魔たちを――大柄なウィンを含めて――収容する事ぐらい朝飯前なのであった。
ちなみに、ウィンを含める全員を収納するとそれなりの重さになるのだが、クロウはダンジョンロードとしての権能で、問題無く持ち運ぶ事ができるのであった。
『ハンスさんも一緒に入ってればよかったのに』
『……次からは……そうします……』
従魔たちと一緒に入るのが嫌だったというのではなく、手に乗りそうな小さなボールに入り込むというのがどうにも落ち着かなかったらしいが……クロウに宙吊りにされての運搬を経験した今となっては、後悔する事頻りのようであった。後の祭りである。
『ハンス、体調が戻ったのなら先導しろ』
『は……はい……えぇと……こっちですね』
どうにか再起動したらしいハンスは、よっこらせという感じで立ち上がると、コンパス――クロウからの支給品――片手に歩き出した。クロウたちはその後をゾロゾロと蹤いて行く。
『上空からの観察では、この先に空き地のような場所がある筈です』
『居留地跡の可能性が高いんだな?』
『恐らく。ある程度纏まった人数が居住していたとすると、広場のような場所があった方が便利だったでしょうから』
『でもハンスさん、マスターのご本で見たんだけど、ツリーハウスっていうのとかは?』
『この島だと、そこまで大きな木は生えてないみたいですから』
『あぁ……そうか……』
『失念しがちですが、我々と人間では体格が違いますからな』
『あっ、開けた場所があるみたいですよ?』
・・・・・・・・
――この島を調査するに当たって、拠点の候補地としてはどのような場所が相応しいか、言い換えると、どのような拠点を造るべきかという事も議論された。そこで明らかになったのは、特に海岸部に拘る必要は無いのではないかという事であった。
クリスマスシティーやアンシーンという航洋型ダンジョン――違和感が凄まじいが、他に適切な表現が無い――を運用する事を考慮した筈の拠点が、海に面している必要が無いというのも大概おかしな話であるが、何しろクロウのダンジョンマジックには、ダンジョンを異空間に収容するという掟破りの機能が備わっている。加えて、クリスマスシティーもアンシーンも――艦船にあるまじき――飛行能力を備えているため、出動自体は問題が無い。どちらかと言うと、海辺に拠点がある事で、移動の時間をダンジョン転移によって節約できる事の方が重要なのであった。
クロウ――とキーン――はナチスドイツのナチスのUボート基地のようなものを構想していただけに、少し残念な思いであったが……それはそれ、必要性と趣味は別次元の問題なのであった。
その話はさて措き――立地条件の検討からは、接岸や入渠の便よりも、人が出入りしても不自然でない場所を探す方が良いのではないかという話になった。現在は無人島であるとしても、将来的に人が立ち寄る可能性が無いとは言えないのだ。ブンカーの出入口などは幾らでも偽装できる。
……椰子の木がパタッと倒れて――などと騒ぎ出した者もいたが。
斯くいった次第で、クロウたちは嘗てこの島に住んでいたであろう難破船荒しの根城跡を探しているのであった。




