第百九十章 レンツ 1.訊き込みの予定
仮称「朽ち果て小屋」のダンジョンを後にしたカイトたちは、後から来るであろうダールとクルシャンクとの遭遇を避けるために、ナイハルの町を早々に立ち去って、レンツの町へと辿り着いていた。
「まぁったく……ようやっと一息入れる事ができるぜ」
「イラストリアの密偵たちは、ナイハルからアムルファンへ向かう筈だからな。こっちへやって来る虞は少ないだろう」
「腰を据えて仕事にかかる事ができますね」
「ナイハルは一泊するだけで通り過ぎた感じだものねぇ……」
ハンスとカイトたちからなる巡察隊に与えられた任務とは……
「改めて確認しておくと、当初ご主人様から与えられた任務は以下のようなものだった。第一に、ご主人様が通って来た事になっている、モルファンの港ズーゲンハウンからエッジ村までの道筋を確認する事。ただし現状ではモルファンに入国すらしていない段階だから、これについては当面考えなくていい」
ハンクの言葉に一同は頷いて了承を示す。
「――てぇと、次からが本番って訳か?」
「そういう事になるんだが……。第二だが……拠点に向きそうな物件があったらチェックしておく事だ。……ただし、だ」
「『朽ち果て小屋』のダンジョン候補地を報告したばかりよね……」
「それだ。……まぁ、ベジン村からここレンツまでは距離もあるし、新たに探し出しても悪くはないだろうが……少なくとも緊急性は低くなったと考えていいだろう。とは言え――」
一旦言葉を切ったハンクであったが、一拍置いて話を続ける。
「……クリスマスシティーやアンシーンの運用を考えるに当たって、海辺にアジトがあった方が好いと、ご主人様はお考えだ。なのでまるっきり無視というのも拙いだろう」
そう言われて微妙な表情になる一同。
「あぁ……それもあったよな……」
「クリスマスシティーもアンシーンも、一応はダンジョンって括りになる筈なんだけどなぁ……」
「ダンジョンが出撃するための秘密基地……言葉に出すと違和感しか無いわね……」
「とは言え、これも重要な案件には違いない。それとなく耳を澄ませておくべきだろう」
これには一同も異存は無い。
「次だが……イラストリアの密偵たちが気にしていた事もあって、サルベージ品に対する反応を探る事が追加された」
「ヤシュリクではあまり噂になってなかったよな?」
「ここレンツはヤシュリクよりも海に近いからな。その分だけ関心も高いかもしれん」
「買い出しの序でに訊き込むのが良さそうですね。それとなく探りを入れてみます」
「ハンスの話術と交渉能力は、海千山千の商人どもも顔負けだからな。当てにしてるぞ」
「お任せを」
サルベージ品関連の訊き込みはハンスに任せるとして、他のメンバーにできる事は無いのか?
「説明を続けるぞ? ご主人様が発見なさった土地証文の件で、保証人になってくれそうな商人の物色だが……これについては、あまり目立つような訊き込みはするなとの仰せだ」
「まぁ……結構微妙な案件だからな。下手に嗅ぎ廻っちゃ裏目に出るか」
「軽く話題を振る程度にしておけとの事だ。場合によっては精霊か、シルエットピクシーを投入して盗み聞きさせるおつもりのようだ」
ハンクの説明を聞いて、少しばかり残念そうな一同だったが、クロウの方針については納得したらしい。
「えぇと……第五だな? 小麦の取引についての訊き込みだが……イラストリアの密偵たちが訊き込むだろうから、我々が同じ事を嗅ぎ廻ると、徒に人目を引く事になりかねんという事で、こちらも没になった」
「おぃおぃおぃ」
「俺たちの仕事が無ぇじゃねぇかよ」
「そこで最後の任務だ。アムルファンに上陸したという『謎の部隊』について調べる事」
「そっちかぁ……」
「一番面倒な案件が残ったわね……」
イラストリアの密偵たちの会話をシャノアが盗み聞きして得た情報――〝アムルファンに謎の異国人部隊が、密かに上陸した可能性がある〟
「イラストリアが気にしてる以上、何らかの根拠があるんだろうが……」
「だからと言って……〝密かに上陸〟した〝特殊〟部隊の痕跡なんて、どうやって調べりゃいいんだよ……?」
カイトのぼやきが問題の全てを言い表していよう。
「……然り気無く訊き込むというのは、どうしたって難しいだろう。ハンスの話術もだが……ここは斥候としてのバートの伝手に頼るのが上策だろうな。情報屋の一人や二人、心当たりはあるんじゃないのか?」
ハンクに話を振られたバートは、しかし難しい表情を隠さない。
「無ぇ訳じゃねぇが……俺の顔付きが以前と変わっちまってるからなぁ……。馴染みの情報屋に会いに行く訳にゃいかん。ちょいと遠廻りして探るしか無ぇから、ちっとばかり時間がかかるぜ?」
「まぁそれは……仕方がないだろう。だが、くれぐれも注意しろよ? 何しろご主人様からは、絶対に怪しまれるような真似はするなって、釘を刺されているからな」




