挿 話 着ぐるみパジャマの遍歴 2.イラストリア王城(その1)
「……という次第で送られてきたのだが……」
「第二王子の誕生日の祝いですか?」
問題となっている着ぐるみパジャマは、セルマインがシアカスターに砂糖菓子店を出す時の挨拶にと、領主であるシアフォード候に献上したものである。
それが今になって表舞台に出てきたのには、以下のような経緯があった。
近日に迫った第二王子の誕生祝いに何を贈ろうかと頭を痛めていたシアフォード候が、何か良い知恵を寄越せと、侍従長に無茶振りをしたのが発端である。昔からこの手の無茶振りに慣れている侍従長が偶々思い出した――悪魔が囁いたとも言う――のが、少し前にセルマインが献上してきた子供用のパジャマの事。随分と破天荒なデザインに驚かされたものだが、あれなら丁度王子の年格好に合うのではないか?
セルマイン当人は――将を射んと欲すればまず馬を射よの教えに従って――領主の子供用にと献上したつもりであったが、生憎と領主たるシアフォード候は豪快な――誤解を恐れずに言えば大雑把でデリカシーに乏しい――性格であったため、貰った子供服の事など綺麗さっぱり忘れてしまう。必然的に、領主の子息へと献上された筈の着ぐるみパジャマは、倉庫で空しく髀肉の嘆を託つ羽目になっていた。それが、ここへきて一世一代の大舞台を任される事になったという訳である。
ただし問題は……
「正体が判らねぇってんですかい?」
「うむ。大司教は無論、学院の者たちにも調べさせたのだがな」
「毒とか呪いとかは検出されなかったんですね?」
「あぁ。その点に関しては太鼓判を押された。……素材すら判らぬくせに、そこに有害物が無い事がどうして断定できるのかは判らぬがな……」
「けど、エルフの商人が持ち込んだって事ぁ……」
「出所はⅩ――でしょうね、十中八九」
「謎の素材をこれ見よがしに送り付けてきたという訳じゃな」
――斯くして、クロウの知らぬところで、クロウはイラストリア王国第二王子に誕生祝いを贈った事になった。
「ご懸念なら受け取るだけ受け取った事にして、死蔵するという手もあるのでは?」
「……それができぬから困っておる。……物凄い食い付きっぷりでな」
……眼をキラキラと輝かせてパジャマに見入っていた。
「……殿下に教えたんですかい? 幾ら何でも不注意じゃねぇんですか?」
「教えたのではない。開封する時に見られたのだ。……誕生祝いと言われて贈られた荷物の中に、よもやこんな難儀な代物が入っておるなど、判る筈が無いであろうが」
「あぁ……シアフォード候、割と無頓着なところがありましたからねぇ……。肝が太いっていうのか……」
「あやつは考え無しで粗雑なだけじゃ」
この上司以上に無頓着で胆の太い人物が存在し得るのか――と、一瞬横目を使ったウォーレン卿であったが、すぐに次なる問題点に気付く。
「……待って下さい。……王子への献上が既定の路線だとすると……献上品の秘匿は難しいのでは……?」
「あ……」
――と、ローバー将軍が口を開けたが、国王は既に気付いていたと見えて、情け無さそうに口を開く。
「――そういう事になる。仮にも一国の王子が嘉納した品、王家がその内容に口を噤んでいる訳にもいかぬ」
「……諸侯の間に自分の事を知らしめろ……そう言ってやがんですかね……?」
「しかし……これまでⅩは自分の事を秘匿するように動いてきたのではなかったか? これまでの方針と矛盾するのではないかの?」
「……ってぇと……Ⅹのやつが要求してんのは……?」
「ノンヒュームとの友誼の事か?」
どうにもⅩの意図が読めずに困惑する一同。
――意図など無いのだから当たり前である。
「……いえ……実態はどうあれ、表向きはシアフォード候からの献上品という事になっています。ここで王家なり国王府なりが、敢えてノンヒュームとの友誼を口にするのも不自然でしょう」
「ふむ……すると、Ⅹの狙いは?」
「シアフォード候でしょうかな。彼に事情を明かすようにと」
「何だってⅩがそんな事を気にすんですかね?」
「……イシャラアイア、お主も少しは酒以外の事を覚えてはどうじゃ? シアカスターにはノンヒュームの砂糖菓子店ができておろうが」
「あぁ……そう言やぁ……ありましたな、そんなのが」
呑兵衛なるがゆえに甘味に無関心だったらしいローバー将軍、周囲のジットリとした視線に一瞬怯んだものの、
「近々砂糖菓子絡みで何かやらかすって予告なんですかね?」
――素早く頭を廻らせて考察した結果を、しれっとした様子で口にする。こういった事ができる辺り、伊達に管理職に就いてはいない。
そして、これに阿吽の呼吸で応える――そうすることを要求される――のが、腹心たるウォーレン卿である。




