挿 話 着ぐるみパジャマの遍歴 1.シアカスター
今日から三回ほどは挿話になります。
話は二ヵ月ほど前……セルマインがイラストリアに砂糖菓子店を出す前に遡る。
普段から慎重なクロウであるが、それでも時には不注意から物事を取り違える事がある。そして……取り違えられたものが、当のクロウも気付かぬうちに気付かぬところで多大な影響を及ぼしている事も。
――今回そのとばっちりを被ったのはセルマインであった。
抑の発端は何かと訊かれたら、実家から送られてきた段ボール一箱分の衣類……俗に不要品と呼ばれるものが、最初の契機であったと言えるだろう。
不用品バザーに出した残り物だが、入り用なものがあれば使うように――とのありがたい(?)お達しとともに、体良く押し付けられたものである。一応中身を確認したものの、実用は無論、創作の資料としても使えそうにないものばかりだったので、機を見て処分しようとマンションの隅に押し込んでおいて……そのまますっかり忘れていた。
二つ目のスイッチは、新たに開店する砂糖菓子店の制服はどういうものが良かろうかというセルマインからの問い合わせが、ホルンを介してクロウの許にもたらされた事であろう。
以前、祭りの店舗の制服を決める時の参考に取り寄せた制服カタログ(業務用)を渡せばいいかと探していたクロウの脳裏に、「腐った」編集者――草間女史という、ラノベ作家・黒烏の担当編集者――から、これも以前に押し付けられた制服一式の事が蘇った。
作劇の参考にという名目でショタっぽい執事――どういうものかは想像しない方が賢明――の制服を押し付けられたので、資料というなら女子用も必要であると言い立てて、メイド服とセットで巻き上げた代物である。ちなみにメイド服を要求したのは別にクロウの趣味ではなく、単に草間女史に対する嫌がらせである。欲望のために自腹で執事服を用意するような亡者には良い薬だろう。
ともあれ、そういう経緯で入手した制服一対が、使い所もなく押し入れの肥やしになっている。あれらを今使わずしていつ使うというのだ。
――と、探し始めたところで更に思い出した。実家から送って寄越した不要品の中にも、確か制服っぽい子供服があった。この際だ、あれも一緒に送り付けてやろう。そう思って――中身もよく確かめずに――箱ごと一括してホルンに送り付けた。
――ご丁寧にも、自由に使えとのメッセージとともに。
この〝自由に使え〟という台詞は、クロウの認識では、〝構造を調べるために解体するなり何なり自由にしろ〟――という意味であったのだが、受け取った側は言葉のとおりに理解した。
――つまり、これが最後の引き金であった。
・・・・・・・・
「ほぉ……これは随分と変わった……子供用の服か?」
「然様で。先日ご城下に店を出しましたセルマインなる者が、挨拶代わりにと持参いたしましたる品にございます」
興味深げな声で会話しているのは、ここシアカスターの領主であるシアフォード侯とその侍従長――執事のようなもの――であった。
「ふむ……初めて目にする素材のようだな。一見したところ毛皮のように見えるが……?」
「部下に鑑定させましたが――違います。毛織物とも違いますし、それ以前に獣毛の類ではないようです」
「しかし……綿ともまた違うようだが?」
「はい。植物に由来するものとも違う由にございます」
「……動物でも植物でもないと言うのか? ……だとしたら、それは何だ?」
「それが何とも……ただ、教会の者にしつこく確かめましたが、悪しきものであるとは思えぬと……」
大真面目で論議している二人の前にあるものは何かというと……実は、子供用のパジャマである。それも――
「子供受けしそうな造形にしてあるが……ティガーだな? シュトームティガーか?」
「そのように見受けられます。王子にも相応しき装いかと」
――トラをデザインしたフワモコの着ぐるみパジャマであった。
素材は化学繊維。外側はフワフワモコモコとした縫いぐるみっぽい素材だが、内側は汗を吸い易いタオル地になっている。このような品物に縁の無いシアフォード侯たちが当惑したのも無理のないところであった。言うまでも無く、出所はクロウである。
実家から送って寄越した不要品バザーの売れ残りであり、新品でこそないがほとんど未使用である。まぁ、元々子供服というのは着られる期間が短い――子供の成長が速い――ため、一シーズンでお蔵入りとなるのも珍しくないのであるが、この服の場合はどうも子供が着るのを嫌がったらしい。着古した感じがしないので、侯爵たちは未使用品と誤認したようである。
ちなみに、クロウがこれらの衣類を渡すに際しては、一応ざっと「鑑定」をかけて、妙な効果が付いてない事は確認してある。ただ、畳んであるままろくすっぽ見もせずに鑑定したため、着ぐるみパジャマのような物議を醸す代物が混じっているとは、気付いていなかったのである。
「問題は……素材が判らない点でございますが……」
「教会の者が確かめて、悪いものではないという結論が出たのだろう? なら案ずる事はあるまい。それに、これを持ち込んだのはエルフの商人というではないか。エルフなら今更我が国に仇為すような真似はすまい」
「それならば宜しいのですが……」
「一応、入手の経緯は手紙に認めておく。あとは向こうで必要と思えば確認するだろう」
――こうして幕が上がった。




