第百八十八章 ヰー! ~第二幕~ 6.モルヴァニア軍国境監視部隊
ヴォルダバンから妙な疑いをかけられている――などとは夢にも思っていない当のモルヴァニア。
ここ国境監視部隊の陣地でも、隣国ヴォルダバンを見舞った異変――と言うか、珍事?――の事が話題になっていた。会話の主は監視部隊指揮官のカービッド将軍とその副官である。
「『シェイカー』とかいう連中の言葉を額面どおりに受け取るとしてもだ、なぜあの場所にああも拘るんだ?」
カービッド将軍の抱いている疑念も、他の国々で疑問として挙げられていたものと同じであった。
まさか、〝出入口を確保するためにあの場所こそが重要なのであって、商人を襲ったのはそのついで。秘密結社として名告りを上げたのはノリと勢い〟――などという、決して明かせぬ裏事情を知らぬ者としては、抱いて当然の疑念であると言えよう。
「抑だ、やつら、本当にテオドラムが狙いなのか?」
――なので、こういう突拍子も無い見解なども飛び出してくる。
「……どういう事でしょうか? 決起声明ではテオドラムを名指しで非難しているようですが」
「国防に携わる者として、そんなものを鵜呑みにする訳にもいかんだろうが」
「……却下する理由をお持ちですか?」
「理由というか、小さな疑い程度のものだがな」
そう前置きして、カービッド将軍が話したのは……
「ヴォルダバンが、『迷い家』と『シェイカー』の二つの珍事に相次いで見舞われた。その事はいい」
「はい」
「そこで『迷い家』のある――と言うか現れる――アバンだが、あそこは元々テオドラムが住民を脅して立ち去らせた場所だと聞いている」
……実際には住民たちが自主的に避難した訳だし、アバンはヴォルダバン領内なので、〝立ち去らせた〟という表現にも問題があるのだが。
「細かい事はいい。要するに、問題となっている廃村のお膳立てをしたのがテオドラムだという事だ」
「……テオドラムが黒幕だと? 『迷い家』の主と結託しているという事ですか?」
「仮にそうだとして――お前、『迷い家』の主と言われて何者を思い浮かべた?」
「……テオドラムが魔族と手を結んでいる――と?」
容易ならぬ結論を聞かされて、副官の顔は強ばっている。が――
「……とは、限らん」
「――っ!」
「そういきり立つな。その可能性も無い訳じゃないが……テオドラムは単に何らかの予兆を察しただけ――という解釈もできる。……いずれ現れるであろう『迷い家』を、最も効果的に使えるようなお膳立てをしただけ――だとな」
「お膳立て……」
「大体だ、あの『迷い家』が本当に害の無いものかどうかは判らんのだぞ? 油断させておいてパックリ――なんて事を考えてないという確証は無いだろうが」
「パックリ……ですか……」
「ダンジョンというものは、押し並べてそういうものだろう」
「――ダンジョンっ!?」
「そうでないという根拠はあるのか?」
軍人の直観に近い形で、カービッド将軍は「迷い家」の、より正確に言えば「間の幻郷」の正体に勘付いていた。
「尤も、儂にしてもはっきりとした論拠や証拠を提出する事はできん。ただ、頭から安全と決めてかかるのは危険だと思うだけだ。何よりな――」
「何より……何です?」
「ダンジョンと言えばスタンピードが付きものだろう」
「――っ!?」
「だから、そう慌てるな。いますぐスタンピードが起きると決まった訳じゃないし、その前にダンジョンであるとの確証が得られた訳でもない。ただ……ヴォルダバンが潜在的な危険物を抱え込んだ可能性については、理解できるな?」
「……はい」
「よし、では次だ」
「次があるんですか……」
こんな心臓に悪い話はもう終わりにしてほしいところだが、生憎とまだ先があるらしい。副官は溜息を吐いて肚を括った。
「『シェイカー』の連中は、今のところ山賊しかやっておらん。そのせいで、連中は通商破壊部隊だとの認識が刷り込まれているようだが……これは危うい」
「……そうではないとお考えですか?」
「儂は可能性を考えているだけだ。やつらは見事な手並みで商隊の護衛を退けたそうだな。そこだけ見れば、一国の正規兵以上だろう」
「……人数が多くないとの報告もありましたが?」
「同時に出撃した人数が多くない――という事だ。敢えて兵力を僅少に見せている可能性も無視はできん」
経験豊かな将軍というのは、斯くも疑い深くあらねばいけないのか。副官は感心すると同時に呆れもしたが、無視できない可能性なのは確かである。
「もしも――だ、彼らが一気にカラニガンの町に攻めかかったとしたら……保ち堪えられると思うか?」
「……敵兵力の算定が不可能なので、何とも言えませんが……占領は難しいのではないでしょうか」
「短時間の占領ならどうだ? 住民を殺し尽くし、町を破壊し尽くした後で」
「それは……はい、それなら可能かもしれませんが……」
どのみち維持はできませんよ――と言いかけたところで、将軍がまたしても碌でもない展開を口にする。
「そのタイミングでテオドラムが援助を申し出たら? あるいは、カラニガンに兵を突入させたら?」
――今度こそ副官は絶句した。
「四面楚歌のテオドラムが、仲間欲しさに打った大芝居……我ながら、幾ら何でも考え過ぎだという気がするのだが……どうも気に入らん。……何か裏がある、そういう気がしてならんのだよ。……老人の勘……だがな」
明日からは挿話になります。




