第百八十七章 間(あわい)の幻郷 7.クロウ一味(その2)
さて、暫定的に「間の幻郷」のダンジョンマスターの任に就いたネスであったが、着任早々に面倒な事態に巻き込まれる事になった。冒険者と覚しき一行が、何を考えたのか、いきなり廃屋に火を放ったのである。
ここまでの無茶をする者は今までにいなかったので仰天したが、こうなると地下に引き込む手は使えない。地上で迎撃・殲滅するしか無いのであるが、現状で地上部に整備してあるのは諜報のためのインフラばかりで、迎撃設備は皆無に等しい。久々に自分が討って出るかと考えたネスであったが……ここでダバルが以前に話してくれた「霧」の事を思い出した。あれなら万一のためにと「間の幻郷」にも用意してある……
「霧」の運用に長けたダバルに急ぎ連絡を取って、攻撃衝動を刺激する「霧」を煙に紛れ込ませて同士討ちを誘ったのであったが……
『ダバル殿が来てくれて助かりました。某は「霧」を使った事がありませんでしたからな』
『いえ……しかし、この連中は一体何を考えていたのでしょうか?』
『まさしくそれが問題。遺憾ながら、こやつらの企みは聴きそびれましたからな』
「間の幻郷」の地上部には、情報収集のための盗聴器が設置してある。しかしそれらは何れも廃屋の中にあり、屋外での盗聴設備にまではまだ手を着けていなかったため、屋外にいた「モレックの牙」の相談内容は聴き取れなかったのである。
『ケイブラットやケイブバットを配置しておけばよかったのでしょうが……後の祭りですな』
『いえ、万一ダンジョンに棲み着くモンスターの姿を見られたら、そっちの方が面倒になります。運用には注意が必要ですし、ネス殿の采配に誤りは無かったかと』
『そう言って戴けると気が楽になりますな。とは言え、事情を知るのは必要』
ここでネスは死霊術の使用を試みた。クロウほど規格外ではないにせよ、ネスも一通りの死霊術は使える。
通常の魔術に加えて死霊術まで使える自分は生前何者であったのか――という疑念もチラリと脳裏をかすめたが、今更気にしても詮無い事だとスルーして、ネスは死霊術で「モレックの牙」の屍体を一時的に使役して訊問した。その結果……
『……冒険者ギルドの奴らがこんな事を考えていたとは……』
『急ぎ報告すべきでしょうな』
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『ネスとダバルの機転によって、サガンの冒険者ギルドの考えが判明した。奴らの阿呆ぶりはさて措くとして、今後どうするべきかを討議したい』
屍体となった冒険者からネスが探り出した情報を聞いて、疲れたような声色で、クロウが眷属会議の開催を告げた。
『冒険者ギルドとしては、ここがダンジョンである可能性を無視できなかったんじゃろうな』
『そりゃ解るが……こっちはダンジョンとして活動するつもりは無いんだがな』
放って置いてくれればいいものを、余計な面倒を差し向けやがって――というのが、クロウの偽らざる心境であった。
『にしても……いきなり火球をぶっぱなすたぁ……』
『ギルドも何でそんなやつらを寄越したんだか……』
ニールたちが眉根を寄せて考え込んでいるところを見ると、冒険者としても一般的ではないらしい。
『いやいやいや、ご主人様』
『冒険者を破落戸みてぇに思われちゃ困りますぜ』
魔導通信機を介して参加している、カイトとバートの二人も異論を呈してくる。
『――と言うと何か? 今度の連中は例外的にトンチキだったって事か?』
『少なくとも、我々の知る限りにおいては』
『ふむ……』
冒険者たちの説明を聞いたクロウは考え込んだ。
正直なところ、これまでにだって攻撃的な反応を示した冒険者がいなかった訳ではない。突如として一面霧に覆われたのを怪しんで、範囲攻撃の魔法を放った者もいた。ただ、それらは何れも地下のダンジョン階層に転移させた後の話であり、地上部をいきなり攻撃してくるような者はいなかった。
これが冒険者のスタンダードだというのなら問題だが、どうもそうではないらしい。そうすると、次に問題となってくるのは……
『ネス、やつらの所属はヴォルダバンなのか? テオドラムじゃなくて?』
あの脳天男爵を輩出したようなテオドラムなら、出会い頭にブッパするようなトンデモ冒険者だっているかもしれない。そう思ったのだが、
『残念ながら。ヴォルダバンのサガンという町のギルドに所属しておるとか』
『ヴォルダバンの冒険者というのは、どいつもこいつもこうなのか?』
『いえ……そこまでとは聞いていませんが……』
『何人か知り合いはいますけどね。ここまで乱暴な連中はいませんぜ』
ハンクとニールが口を揃えて証言する限りでは、今回送られてきたやつらが、
『飛び抜けて馬鹿だったという事か……』
『何で、そんなのを寄越したんでしょうね? マスター』
『余程に人材が不足しておるのでございますかな?』
サガンの冒険者ギルドは、何か問題を抱えているのだろうか? クロウも首を傾げたが、ともあれ、今はそれを云々する時ではない。
『となると……今回のような馬鹿は滅多に来ないと考えていいか』
『そのとおりかと……』




