第百八十七章 間(あわい)の幻郷 6.クロウ一味(その1)
『……片付いたようですね』
『何とか。……しかし、あやつらは何を考えているのやら』
「間の幻郷」の地下司令室、大画面のモニターの前でむっつりと話し込んでいるのは、ダバルとネスの二人であった。そこにクロウの姿は無い。この二人がまだ幼いダンジョンコアに、そしてクロウに代わって「間の幻郷」を差配しているのには、以下のような事情があった。
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最初にクロウたちの予定を覆したのは、ここ「間の幻郷」を訪れる者の数であった。引っ切り無し――とまではいかないにしろ、結構な頻度で訪問者がやって来るのである。「谺の迷宮」のような自動反撃システムは実装されていないので、全て手作業で対応するしか無い。いや、それ以前にここ「間の幻郷」は、冒険者を狩るためのダンジョンではない。
クロウたちにとっての「間の幻郷」の存在意義とは、
①ダンジョンシードに生育の場を与える
②アンデッド勢運用のための出入口となる
③精霊たちが精霊門を開くための場となる
④溜まりに溜まったサルベージ品を処分する場となる
――というものである。そこに〝冒険者を狩って魔力や魔素を回収する〟という、通常のダンジョンの主目的は含まれていない。魔力も魔素も、クロウから溢れるほどに供給されるのである。その意味においては、
⑤余りまくっている魔力の活用の場となる
――というものを付け足してもいいくらいである。
話を戻して「間の幻郷」の現状であるが、とてもじゃないが生まれたてのダンジョンシード――或いはダンジョンコア――に一任できるような単純なものではない。個々の訪問者にどう対応すべきか、お宝として何を与えるべきか、不届きな真似をした冒険者の処分をどうすべきか――等々、調整が面倒な案件が多過ぎるのである。
これは補佐役としてのダンジョンマスターが必須であろうとなったのだが、さて、そのための人材が不足している。
まだ満足な状態とは言えない廃屋の建設や整備、大道具の用意などのためにエメンが駐在してはいるが、彼の本分は飽くまで「ものづくり」である。ダンジョンマスターの真似などさせられない。単に定義上から言えば、馬車を管理しているハンクもダンジョンマスターと言えない事も無いのだが……さすがにこれは言い掛かりに近い。
ならばとクロウが名告りを上げたのであったが、これには眷属たちから待ったが掛かった。のめり込み易いクロウの性分に鑑みると、昨年の「災厄の岩窟」の時のように、ブラックな勤務状態になりそうで心配だと言うのである。その自覚があったクロウもこれには反論できず、他の者に任せる事となったが……
『ダバルさんでいいんじゃないですか?』
『このところ、何かある度にあいつを引っ張り込んでいるからな。俺と同じようにブラック勤務になりかねん』
――という事になって、それならばとネスが立候補したのである。彼には「怨毒の廃坑」のダンジョンマスターという任務があるが、幸いにして現在そっちの状況は落ち着いている。ダンジョンコアたるフェルも優秀な事だし、少しくらい掛け持ちをする余裕はあった。
『とは言うものの……早急に専任の管理職を手配すべきだな』
『今更ではございますが、少々設定を間違えた観もございますな』
『温和しく贈り物を貰って帰ればいいものを……過ぎた欲を掻いたり攻撃的なやつらが、思った以上に多かったからなぁ……』
「間の幻郷」を訪れる者は、お伽噺の「迷い家」に登場するような控えめな人間ばかりではなく、
『……椅子やテーブルまで持ち出そうとしたのには驚きましたね』
『あの業突く張りめ……』
『霧が出た途端に、魔法で範囲攻撃してくる者もおりましたな』
『葛籠にぃ、斬りかかった人もぉ、ぃたしぃ』
『ミミックだと、思ったみたいでしたね、マスター』
『困った奴らが多過ぎる』
――というような者たちが多かったのである。
『それ以外に……精霊門や……アンデッドたちの出入口としても……活用する……必要が……ありました……』
『あぁ。スレイの台詞じゃないが設定をミスった……と言うか、少し欲張り過ぎたな。生まれたてのダンジョンシードやダンジョンコアに、押し付けられるようなもんじゃない』
『やはりダンジョンマスターの手配が、喫緊の課題でございますな』
『それもだが……最悪、他にダンジョンを造って、そっちを任せるようにした方が良いかもしれん』
『でも主様、シードはもうすぐコアになりそうですけど?』
『なに、何なら【ダンジョン移築】のスキルで、階層ごと入れ替える手もあるからな』
『ともあれ、当座は某が面倒を見るといたしましょう』
『あぁ、頼んだぞネス』
『お任せを』
――という事になっていたのである。




