第百八十七章 間(あわい)の幻郷 5.冒険者ギルド
ここはヴォルダバン国内、アバンの廃村にほど近いサガンの町の冒険者ギルドである。
「……『モレックの牙』の消息は不明のままか?」
「何の音沙汰も無しですな。連中が到着した筈の晩に、偶々アバンを通りがかった行商人がいたようですが、何の形跡も無かったと言っとります」
「……商業ギルドからの情報か?」
「こっちからの問い合わせの返事ですがね。〝何の形跡も無い〟と言いましたが、正確には〝特におかしなところは無かった〟って事です。……まぁ、その晩に『迷い家』が現れた事を〝おかしな事〟に含めなければ――ですな」
職員の男の報告に、ギロリと眉を上げるギルドマスター。
「……出たってぇのか? 『迷い家』?」
「出たそうです。詳しい事までは教えちゃもらえませんでしたがね。……少なくともドロップ品……ってぇかお宝は、冒険者が身に着けているようなもんじゃないそうですが」
「………………」
不機嫌そうに、そして不可解そうに、黙して考え込むギルドマスター。
「……『迷い家』とダンジョンに、交互に接続してるんじゃないかと思ったんだが……」
「その仮説はお蔵入りって事になりそうですな。『モレックの牙』が到着した筈の晩に現れたのは、ダンジョンではなく『迷い家』だった訳ですから」
「……だとするとやつらは……『モレックの牙』は『迷い家』に喰われたって事になるのか?」
「そうだとすると厄介ですな。冒険者ギルドとしちゃアバンを、『迷い家』も含めて、侵入非推奨扱いにしなきゃなりません。……商人どもは反撥するでしょうな」
ギルドマスターは、ただ唸り声を上げただけで何も言わなかった。そこへ追い討ちをかけるがごとく、職員の発言が突き刺さる。
「当然商業ギルドの連中は、『モレックの牙』が消えた理由が『迷い家』である根拠を示せと主張するでしょう。悪い事に、冒険者ギルドはその根拠と言えるほどのものを掴んじゃいません。と言う事は、非推奨指定は見送らざるを得ないって事です」
「………………」
「一方、『モレックの牙』――と、他の冒険者たち――が消えた理由が、『迷い家』以外にあるとすると、これはこれでアバンの廃村を危険視する理由になります。が――」
「……商業ギルドの連中は、それを認めようとしないだろうな」
「恐らく。何しろダンジョンドロップが手に入るかどうかの瀬戸際ですからな。しかも、今のところ行商人に被害は出ていない。勝手な理由を付けて禁止されたら堪らないって訳で」
「……仮に指定したところで……」
「冒険者でない商業ギルド員が、冒険者ギルドの命令に従う必要は無い――ぐらいは言いそうですな」
ギルドマスターは再び唸り声を上げた。
「……実際のところ、どうなんだ? あの廃村はダンジョンなのか?」
「調査に出した者は手ぶらで帰って来るか……もしくは帰って来ないかのどちらかです。結果として情報は何一つ得られていません。……ただ……」
「――ただ……何だ?」
「無事帰って来た連中は全員〝何も無かった〟と報告しとります。つまりは、ダンジョンにも『迷い家』にも出会さなかったって事で。これを逆しまに深読みすれば、〝何かに出会した者は帰って来れなかった〟って事になるんじゃないかと」
「……〝何か〟ってのは何だ?」
「それは何とも。ただ、行商人どもの中には『迷い家』に出会して――そして無事帰って来た者がいる訳です。そして、ダンジョンを見た者も、不自然に行方を絶った者もいない」
意味ありげな視線を寄越す職員の男に一睨みをくれて、ギルドマスターは考え込む。……やがて開いたその口から出たのは――
「……あそこに現れるのは、ダンジョンじゃなくて『迷い家』。そして、その『迷い家』は、どういう理由からか冒険者を敵視してるって事か?」
「敵視してると決まった訳じゃありません」
職員の男の発言に、ギルドマスターはジロリと一瞥をくれて先を促す。
「ギルドの冒険者どもが『迷い家』に出会した時に、どういう態度を取ると思います?」
「……成る程な。冒険者なら、ダンジョンに対するのと同じように接するだろうな」
「えぇ。つまりは『迷い家』に敵対的に。そうでなくても、潜在的な敵性存在として対応するでしょう」
「……『迷い家』はその敵意に反応したか……」




