第百八十七章 間(あわい)の幻郷 2.冒険者(その2)
ダンジョンというのは、ダンジョンシードあるいはダンジョンコアが、獲物を誘い込んで仕留めるために造り上げた、言うなれば〝狩り場〟である。その狩り場が出たり消えたりするようでは、効率的な狩りは覚束無い筈。
いや、それ以前に出たり消えたりするダンジョンというのが初耳である。少なくとも、通常のダンジョンの範疇には入らない。
「第二に、モンスターが現れず、行商人が攻撃を受ける事も無く、ドロップ品――と言っていいものかどうか判らんが――だけが得られている。ダンジョン側からすれば、持ち出しばかりの状況だ」
「……考えたかぁねぇんだが……『撒き餌』って事もあるぜ?」
獲物となる行商人なり冒険者なりを集めるため、気前よくドロップ品をばら撒いている。そういう解釈もできなくはないが……
「――だとすると、今度は出たり消えたりする事の説明がつかん」
獲物を誘き寄せるために餌を撒いた挙げ句、当の狩人が狩り場からいなくなるというのは矛盾している。
「ダンジョンの考えなんか解るもんか……って言いてぇところだが……他にも?」
「あぁ、まだある。第三に、ドロップ品――そう呼んでいいのかどうか解らんが、暫定的にそう呼んでおく――のタイプが今までのダンジョンと違い過ぎる」
「あぁ……茶器のセットとかだったっけな」
ダンジョンが冒険者を殺した場合、吸収されにくい金属製の武器などを食べ残したり排出したりする事がある。これらが俗に「ダンジョンのドロップ品」と呼ばれるもので、ダンジョンマスターがこれらのドロップ品を餌にして冒険者を誘き寄せる事がままある。
この事から解るように、「ダンジョンのドロップ品」とされるものの大半は、餌食となった冒険者の「遺品」であり、従ってその内容も冒険者装備にほぼ限られている。言い換えるなら、茶器のセットなどがドロップする事は考えにくい。
「誰かが愛用していたコップだとか、そういったものなら無いとは言わん。だが、未使用らしき茶器のセットだとか花瓶だとか置物だとか……どう考えても冒険者が持ち歩くとは思えんものが提供されている。……強いて説明をこじつけるなら、そういう商品を運んでいた商人がダンジョンの餌食になったという事になるが……」
「商業ギルドはどう言ってんだ?」
「考えにくいそうだ。少なくとも、該当するような品々を運んでいた商人が襲われたという報告が無いそうでな。しかも、ドロップ品の一部は、これまでに知られていない金属でできていたとかで」
冒険者ギルドや商業ギルドの頭を悩ませた経済性の問題であるが、その答は――クロウはそんな事を考慮していないというものである。
抑、クロウ一味にとってこの「間の幻郷」の存在意義は――
・保護したダンジョンシードの生育の場
・アンデッド部隊運用のための出入口
・精霊たちが精霊門を開くための場
・溜まりに溜まったサルベージ品の処分の場
――という、両ギルドの想像からは遙か斜め上の埒外にあった。
ダンジョンとしての採算性などは、端から度外視して造られたのである。
ただし、ここで少し問題になったのは、ドロップ品の内容であった。
〝ダンジョンのドロップ品がサルベージ品ばかりだと、古酒や鞣し革との関連性を疑われないでしょうか?〟
――という指摘が寄せられたため、急遽サルベージ品以外のドロップ品を調達する必要に迫られたのであった。今までに始末した冒険者などの遺品から適当なものを見繕ったりもしたのだが、それも面倒になったクロウが、百均で売っているものを適当に持ち込んだのであった。
勿論、クロウとてプラスチックやビニールなどの素材を持ち込むような暴挙はしていない。無難そうな素材のものから、適当に方位磁針や虫眼鏡などを混ぜておいたのだが……迂闊な事に、素材の一部がアルミニウムであった。更に悪い事に、この世界ではアルミニウムという金属自体が知られていなかったため、密かに大問題になっていたのである。……方位磁針や虫眼鏡自体の異質性については、今更言うまでも無いであろう。
こういった事から……
「ギルド側としちゃあ、ダンジョンとは違うんじゃないかという考えに傾きつつあるらしい」
「……ダンジョンでないんなら、何だってんだよ?」
「何と言うか……別の世界への通路みたいなものが時々開くんじゃないか――という説明があるそうだ」
「あ?」
「別の世界?」
「……んな、都合の好いもんがそうそうあって堪るかよ」
――クロウのマンションに開いた通路が、まさにそれなのだが。
「まぁな。百歩譲って通路が開いたとしても、妙なものがドロップする事の説明は付かん。……それがその世界の習慣だとかいうんでなければな……」
「だよなぁ……」
微妙な顔で同意するパーティメンバーたちであった。




