第百八十七章 間(あわい)の幻郷 1.冒険者(その1)
「ここのどこが『迷い家』なんだよ。どっから見たってただの廃村じゃねぇか」
不満そうな声を上げているのは若い男の冒険者であり、
「喚くな。『迷い家』であろうがなかろうが、俺たちはここの調査を引き受けたんだ。文句を言う暇があるなら、とっとと仕事をしろ」
苦虫を噛み潰したような顔でそれを切って捨てたのは、やや年配の冒険者であった。
「けどよデック、ギルドはここを『迷い家』だって言ってんだろ? それにしちゃあ、俺の知ってる『迷い家』の話たぁ、随分違うのが気になんだが?」
どこか崩れた感じのする三人目がそれに割って入るが、デックと呼ばれた男――どうやら彼がこの一行のリーダーらしい――の返答はにべも無かった。
「ギルドが何を考えてるのかなど、知らん。俺たちは言われた仕事を熟すだけだ。……ただ、ギルドはここを『迷い家』と断定してる訳じゃなさそうだ」
「……どういうこった?」
「掻い摘まんで話すとだな……」
ここでアバンの廃村を調査に訪れた冒険者たちの会話を要約すると、これまでの経緯は以下のようなものであったらしい。
最初の客……ではなく……最初に「間の幻郷」を訪れた――と言うか、引っ張り込まれた――行商人の報告によって、アバンの廃村における怪現象は商業ギルドの知るところとなったが、その時点ではまだ商業ギルドは動かなかった。
件の商人の為人については信用がおけたものの、怪現象の説明が今一つ不可解であったためである。
この世界にも、日本にあるのと同じような「迷い家」の伝説はあったものの、それは飽くまで〝伝説〟であって、実際にそこへ迷い込んだという話は絶えて聞かない。なのに、件の行商人の言葉を信じるなら、その「迷い家」が数百年ぶりに姿を現した事になる。ギルドが慎重になるのも解ろうというものだ。だが、ギルドが立場を決めかねているうちに、事態の方が先手を打って動いた。二件目が起きたのである。
二人目の報告者となったのは、少し手癖の悪い事で知られた行商人であった。同じような状況に置かれたのだが、こっちの行商人はさっさとティーカップを回収した後、他にめぼしいものは無いかと物色し始めたのである。
さすがにこのマナー破りの行動はクロウの怒りを買い、転移トラップで引き摺り回した挙げ句に放逐するという結果に終わった。
だが、それでもこの商人は堪えなかったらしく、次に訪れた町でさっさとティーカップを売りに出した。そこそこ高価に売れたのだが、面倒を嫌ったこの商人は、ギルドに報告するのを怠った。ただし、例に似合わぬ良品を相場よりずっと安値で叩き売った彼の行動は、各方面の不審を買ったらしく、ギルドからの喚問を受ける事になった。追及されてあっさりと白状した彼の供述から、これが二件目の「迷い家」の報告である事が判明したのである。
――そこから話がややこしくなった。
二人の報告は細部で一致していたため、これが同一の事象の二つの事例である事はまず間違い無いだろうという事になったのだが……そうすると、この「迷い家」の正体は何かという事になる。
どちらも同じ場所に出現したのは事実であったが、現地を訪れたギルドの調査メンバーが幾ら突き廻してみても、「迷い家」の「ま」の字も現れなかったのである。……いや、先述した二件の事例の間にも、問題の廃村を訪れた者は何人かいたのだが、彼らは何れも「迷い家」の出現を否定した。それが事実だとすると、この「迷い家」は、〝決まった場所に不規則に出現する〟という事になり、既知の迷い家伝承――あちらこちらにふらりと現れる――とは異なってくる。
商業ギルドだけでなく冒険者ギルドも、その正体を明らかにせんものと冒険者に調査を依頼したのだが、彼らの悉くが空振りを報告したのである。
……いや……この言い方は正確ではない。
正確を期するなら、〝戻った冒険者の悉くが空振りであったと報告した〟と言うべきであろう。
――そう、〝戻らなかった〟冒険者がいたのである。
ここへ至って冒険者ギルド――と、商業ギルド――は、アバンの廃村に現れるというこの「迷い家」の正体を解き明かす――少なくとも、その危険度を評価する――必要に迫られたのであった。
ある場所に何か怪しげなものが出現したとなると、まずダンジョンを疑うのが、この世界の常識である。しかし、件の「迷い家」については、これをダンジョンと見なすに当たって、幾つかの問題点が存在した。
「第一に、不規則に出没するというのがダンジョンとしては異例だ。出たり消えたりを繰り返すようでは、ダンジョンとして効率的な狩りはできない筈だからな」
「物凄く小食なダンジョンなのかもしんねぇぜ?」
「そんなダンジョンの話を聞いた事があるのか?」
「いや……無ぇな……」




