第百八十五章 祟りの地 2.集落跡地
ベジン村の空き地で一夜を明かしたカイトたちは、翌朝、祟りがあると噂の集落跡地を目指して馬車を進めていた。
「……廃道にしちゃ随分と立派な道じゃねぇか」
「木材の搬出用に整備したらしいですよ。当てが外れた形になった訳ですけど」
「いや……そうじゃなくってな……」
「祟りの現場に繋がる道にしちゃ、きちんと手入れがされてる――って事だろ」
「おぉ……そのとおりなんだが……カイトに言い当てられると面白くねぇな」
「何でだよ!」
「……あの二人は放っておくとして――」
「「おい!」」
「――この道が今も手入れされてる理由なら、道の両脇にある畑が答の一つですよ」
ハンスが言うように、廃道の両脇にはきちんと手入れされた畑が広がっている。だが、それがなぜ答になるのか?
「……待ってくれ。……ひょっとしてこの畑は、廃道……と言うか、この道が通じた後に作られたのか?」
「ご名答です。折角立派な道があるんだから――って、その両脇に畑を広げたみたいですよ」
「畑に行くのに使うからって、今も道を保守してる訳?」
「そういう事です。……まぁ、それだけではないみたいですけど」
「……理由の一つ――って言ってましたよね。二つめは何なんですか?」
フレイの問いに答えてハンスが口にしたのは――
「……皆伐後の再造林に失敗したせいで、草木の育ちが悪くなって……」
「魔力が回復しないために、魔獣どもが棲み着かねぇ――って……」
「……その状態を維持するために、敢えて山の草木を刈ってる訳か……」
「……何か魔力が乏しいような気がしてたのよね……」
「災いを転じて福と為す――ってやつか」
「逞しいですねぇ……」
「畑の肥料や薪も必要ですし、坊主山にならない程度に注意しつつ刈ってるようですね。それでも、祟りを恐れて集落跡地には近付かないみたいですけど」
「あぁ……それで道が途中から曲がってんのかよ……」
「とりあえず、馬車は径の脇に駐めておけばいいだろう」
「……で、俺たちゃそっから藪漕ぎかよ……」
・・・・・・・・
悪戦苦闘して集落跡地まで辿り着いたカイトたちは、どうにか朽ち残っているというだけの掘っ立て小屋――の残骸――を検分していく。床なんて高尚なものは最初から無い造りのため、朽ちた床が抜けるというアクシデントは無かったものの、
「今にも倒れそうな気配じゃねぇか……」
「あまり近寄りたくありませんね、確かに」
「マリア、祟りのようなものは感じるか?」
「そっちの方は専門外なんだけど……怨霊がいるような感じはしないわね」
ここは寧ろクロウにご出馬を願って、実地検分してもらった方が良いのではないか?
そう衆議一決したところでクロウに連絡をとり、実は歴としたダンジョンである馬車の中に、クロウがダンジョンロードの権能を使って転移して来る。
『……成る程。確かに魔力が薄そうな感じだな。……そこのところはどうなんだ? シャノア』
『確かに魔力が薄いわね。あたしたち精霊には、あまり居心地は好くないんだけど』
『通路には使えんか?』
『う~ん……そこまでじゃないかな。少し雰囲気が悪いだけだし、通過点だと割り切れば問題無い感じ?』
『ふむ……。精霊門の場所としてはともかく、街道筋の傍でありながら人目が少ないというのは、アンデッド部隊の運用には都合が好い。夜にこっそりと出入りすれば、村の連中にも気付かれんだろうしな。……どうだ? ハンク』
『はい。以前には盗賊が塒にしていたような噂もあったようですし、我々の活動拠点……と言うか、出入口としては問題無いかと』
ダールとクルシャンクの乱入のせいで、あたふたとヤシュリクを出る羽目になったのは痛かったが、そのビハインドを埋めて余りある収穫であろう。クロウは上機嫌でハンスたちを労ったのであった。
『で……ご主人様、ここもダンジョンにするんすか?』
『そのつもりだが……あぁ、いや、通常のダンジョンとは少し違うな』
『つまり、いつものとおりって事ですよね、マスター』
『キーン……お前な……カイトも何を頷いてるんだ』
『え? ……あ、いや……結局、どういうダンジョンにするんすか?』
力業で論点をずらされたような気はしたが、そこを深く追及すると藪蛇になりそうな気がしたので、クロウは――キーンとカイトを少し睨んで――説明に戻る。
『朽ち残った小屋とその周辺の地上部をダンジョンの領域にするが、ここは出入口としてのみ使い、所謂ダンジョンとしての活動はしない。……一応地下に階層は追加しておくがな』
『コアは置かないって事すか?』
『そのつもりだ』
『オドラントみたぃな感じですかぁ?』
『あそこよりは狭くなるがな』
クロウの考えでは、ここは単純に出入口のみの機能とし、ダンジョンだなどと悟らせるような事はしないつもりであった。
『ふーん……で、クロウ』
『何だ?』
『ここは何て名前にするつもりなの?』
『名前か……』
ただの出入口のつもりであったから、特に名前などは考えていなかった。
『イスラファン口とかベジン口とかいうんじゃ……駄目か?』
眷属たちの残念そうな視線を浴びて、どうやら命名が必要らしいと察するクロウ。その場の空気を読むのは、現代日本の社会人として望まれるスキルである。
『そうだな……ハンス、この場所は何と呼ばれているんだ?』
『えぇと……特には。集落跡地で通じてるようでしたが……』
クロウはチラリと眷属たちの顔色を見るが、あまり感心していない体である。
『そうだな……とりあえず、仮称「朽ち果て小屋」とでもしておくか……』




