第百八十四章 ヤシュリク 2.予想外の展開
『何だってあいつらがそんなとこにいるんだ……』
予想外の場所に予想外の面子が出現したという報告を受けて、クロウとしても困惑するしかなかった。
『……確かに面倒な事になったな。やつらの動きを見切った上で方針を決めんと、目的地が被る危険性が高い』
イラストリア王国軍の兵士が二人――他にもいるのかもしれないが――沿岸国に現れたというからには、単なる物見遊山ではあるまい。何らかの意図を持ってやって来たと考えるべきで、それが何かの調査のためと判断するのは難しくない。
難しいのはそこから先で、目的が何で目的地がどこなのか――それを探り出さない事には、下手に動く訳にはいかない。ハンクの言うように行く先々で出会すような事になっては、色々と面倒な事態になりかねない。
『……忌々しいが、こうなると予定を変更せざるを得んか……』
『最初の予定ではどうだったの?』
『あぁ……町の様子やサルベージへの関心を調べるのは勿論だが、それ以外に商人の評判をそれとなく訊き込ませるつもりだった。例の証文の保証人になってくれそうなカモ……協力者を見つけるためにな』
『保証人かぁ……』
『あぁ。しかし、あの連中が何を目的としてヤシュリクへ来たのか判らんうちは、下手に訊き込みなどさせられん。訊き込み先でバッタリ出会すなんてのは論外としても、訊き込んでいるという事を知られるのも色々と拙い』
なら、さっさとヤシュリクを離れてはどうかというと、
『その場合はやつらの目的を確かめる事ができん。万一目的地が同じだったりしたら、さっきも言ったように却って面倒な事になる』
それでは、あの二人が出て行くまでヤシュリクの宿に引き籠もるというのは――
『やつらがどれだけ居座る気なのかが判らん。万一長っ尻でもされた日には、今度は人目を避けるように引き籠もる客の事が噂にならんとも限らん』
誰か一人が病気にでもなった事にできないかというのは、
『生憎と治癒術師が同行してるしな。フレイの素性を隠すにしても、魔術系の人材なのは隠しようが無い』
杖を持って長衣――ロップイヤー付き――を纏っていれば、そっち系の人材なのは一目で判る……筈だ。……多分。寧ろマリアの方が魔術師とは見られないだろう。
『八方塞がり――ってやつだ』
どうしたものかと思案投げ首のクロウであったが……
『あ、じゃあさ、あたしが行って探り出してこようか?』
『お前が?』
――偵察を申し出たのはシャノアであった。
確かにシャノアは曲がりなりにも闇精霊だ。気配を隠すのも欺くのもお手の物……の筈である。ただ、屋外で野営しているというならまだしも、ダールとクルシャンクがいるのは歴とした宿屋の一室。それも、旅人で賑わう商都ヤシュリクの一画である。
『……大丈夫なのか?』
疑わしげな様子を隠せないクロウであったが――
『んもう。ちょっとはあたしを信じなさいよ。盗賊のアジトにだって潜り込んでみせたでしょう?』
『……アバンのチンピラどもを探った時か? しかし、あれは廃村の廃屋で、巣喰っていたのもチンケな小悪党だったろうが』
今度相手にしようと言うのは、仮にもイラストリア王国軍の兵士である.それも、恐らくは斥候や探索に長けた連中だろう。どこぞのチンピラとは訳が違う。
『大丈夫だって。幾ら腕が立つと言っても、所詮は人間でしょう? 本気で隠れた闇精霊に気付く事なんかできないわよ』
自信満々に言い切るシャノアを見て、クロウはペーターやダバル、ネスといった面々に視線を向けた。
『シャノア殿個人の力量は存じませんが、一流の魔術師でもなければ、隠れている闇精霊に気付くのは困難――という点には異論はありませんな』
『……ですね。大抵大丈夫ではないでしょうか』
『その、〝シャノア個人の力量〟というのが不安の素なんだがな……』
何よそれ――と憤慨しているシャノアであったが、他に代案も無い事とて、クロウはシャノアを偵察に出す事に同意するのであった。何しろカイトたちの馬車は歴としたダンジョン。ならばダンジョン転移の機能を使えば、シャノアを送り込むのは一瞬である。
『いいか? 諄いようだが、無理はするなよ?』




