第二十一章 王都イラストリア 4.王国軍第一大隊
第一大隊のトップ二人の会話回です。
国王執務室での会合を終えて大隊司令部に戻ってきた二人の軍人は、揃って溜息をついた。
「他の人物が同行していた可能性、か。盲点だったな」
「同行もしくは追跡ですね。彼の者の味方とは限りませんから」
ローバー将軍は再度溜息を漏らすと、ヤカンを火にかける。ウォーレン卿は手慣れた様子で葉を量り、茶を淹れる準備をする。湯が沸いたところでティーポットに注ぎ、熱く香り豊かな茶を楽しむ。色々あって溜まっていた疲れが溶けていくような気がするが、この後再び疲れるのが判っているためか、二人とも微妙に寛げない。
「同じ亡命者の可能性は低いとして、考えられるのは隠し護衛と追っ手か」
「いずれにせよ、当夜のヴァザーリの混乱を予期できたとは思えません。金で雇われた殺し屋なら依頼遂行不可能として撤退するかもしれませんが、任務に忠実な者なら行方を捜そうとするでしょう。これは護衛の場合も同じです」
「その場合、どこを捜すと思う?」
「襲撃者が亜人だとは判っているでしょう。ならば脱出後に人目を避けて森か山へ向かうと考え、その方面で目撃者を捜そうとするでしょうね」
「その辺りに網を張っておきゃぁ、とっ捕まえる事もできたかもしれんが、今となってはなぁ……」
「恐らく手遅れでしょう。しかし聞き込みによって、捜索側の人相風体を聞き込む事はできます」
「俺たち自身が動くわけにはいかんぞ?」
「南部に駐屯する部隊の中でも古参の第四、第五大隊あたりを動かせればいいんでしょうが……理由が必要です。陛下も宰相閣下も、下手に勅命を下せないために、我々に話を振ってきたんでしょう」
「襲撃の手引きをしたとか何とか理由をつけて捜させるか?」
「大騒ぎして気づかれても面倒です。秘密裡に探索して確保するように手配できますか?」
「やるしかねぇだろうな」
切りのいいところで追加の茶を淹れる。少々濃く出過ぎているきらいがあるが、そんな事を気にするほど軍人の舌と胃袋はデリケートではない。眠気覚ましに丁度いいくらいである。二杯目を楽しみながら話を続ける。
「相手の正体についてですが、魔族の可能性が高くなってきたようです」
ウォーレン卿がおもむろに切り出すと、ローバー将軍がそれに応じる。
「前回、前々回と、正体については随分迷走していたのに、今になって断定する根拠は何だ?」
「断定するわけじゃありません。現時点で最も整合性の高い推測と言うだけです」
「能書きはいいからとっとと話せ」
「ダールたちが冒険者ギルドで聞き込んできたところ、新たに出現した二ヵ所のダンジョンからは、ダンジョンに特有の魔力が感知されたそうです。だとすれば、あの二ヵ所は確かにダンジョンであると考えていい。何者かがダンジョン跡地からダンジョンコアを回収した事を併せて考えると、相手は魔術に卓越した連中の可能性が高い。更に足跡の件も考えると、我々とは文化レベルで異なっている可能性がある。そこまで考え併せると他国の魔術師集団というような小さなレベルではなく、国家規模の集団を想定するのが妥当です」
「エルフやドワーフを想定から外した理由は?」
「通商破壊のような商業的かつ戦略的な作戦構想にそぐわないためです」
「いいだろう。確かに『現時点で最も整合性の高い推測』のようだ。次の機会に陛下にお話しするんだな」
「はぁ……」
「ウォーレン、魔族の目的についてだが……モローにダンジョンを開いた理由と反ヤルタ教の動きとは関係しているのか?」
「可能性は低いように思えますね。現時点で両者に繋がりは認められません」
「モローにダンジョンを開いたのは魔族の都合。それに引き寄せられた冒険者を削る事で反ヤルタ教計画に利用した、というわけか」
「はい。案外魔族側にとっては、モローの地の方が重要なのかも知れません。反ヤルタ教は目眩まし程度に考えているのかも」
「……あんまりあやふやな話なもんで上には伝えてないんだが、モローの旧ダンジョン近くで、ある晩鬼火が見えたって噂があるそうだ……妙な顔をするな。あくまでモローでの噂として聞いておけ。とは言え、こうも多くの与太話がモローに集束している以上、モローについては更に調べる必要があるかもしれんな」
「以前にあった事を調べるだけじゃ足りません。今後起こり得る事に備える必要があります」
「俺たちだけじゃそこまで手は回らんぞ?」
「冒険者にモローの二つのダンジョンを監視させましょう」
明日は挿話一話をはさんで新章に入ります。




