第百八十三章 過去からの証文 3.古(いにしえ)の契約書(その2)
クロウの予測通り、移籍後間を置かずして領地の経営が苦しくなったハーメッツ家であったが、さすがに元の鞘に戻るなどとは言い出せず――
『そりゃそうだろう。そんな真似をやらかせば、今度は両方の機嫌を損ねるぞ』
『それで困った当主がやらかしたのが、テオドラム王家を恐喝しようという……』
『……何?』
クロウは嘗てノーデン男爵という能天貴族に引っ掻き回された憶えがあるが、どうもテオドラムという国は、歴史的にまともな貴族が払底しているらしい。
渋い顔のペーターから事情を聞かされたクロウは、思わずテオドラムに同情したくなった。……いや、彼の国に同情の余地は無いのであるが。
『……すると何か? 交通と物流の要衝であるガベルの町を窺える位置に自領がある事を奇貨として……』
『はぁ。商都ガベルの安全を担保に、当時のテオドラム王家から金をせしめようとして、王家の怒りを買ったようです』
『……一介の地方領主の身で、一国に喧嘩を吹っ掛けたのか。……物凄い馬鹿もいたものだな……』
……ある意味ではノーデン男爵以上の傑物かもしれない。
『当然ハーメッツ家は討伐されて領地没収、お家は断絶となった訳です』
まさしく破滅という家名に相応しい結末を迎えた訳であるが、今クロウが問題にしたいのは、そのハーメッツ家が振り出したらしい証文の事である。
『それでこの証文ですが、テオドラムに盾突く前に、金策のために土地を売ろうとしたようですね』
『……だが、その当時も土地の所有権は王国に……あぁ、そうか。帰順したとか言っていたな』
『はい。この取引の時点では、領地はまだハーメッツ家の所有であった筈です。没収される前に行なわれた取引ですから……』
『この証文が効力を持つという根拠はある訳か……』
とは言え、あのテオドラムが諾々と、土地の所有権を認めるとも思えない。
『つまり……証文の有効性を認めさせるだけの圧力が必要な訳か……』
『そうなります。しかし、その圧力をどこから持って来るかという話になりますと……遺憾ながら自分の手には……』
『そう……だな。……確かにコレは、真っ当な軍人の領分ではないか……』
この問題に対応できる人材が必要。問題はそこに尽きるように思えた。
『……確かエメンのやつが、知人に凄腕の詐欺師がいたとか言っていたな……』
ヴィンシュタットの留守番用の人材を捜している時に、エメンがそんな事を漏らしていたような気がする。現住所がどこか不明だとか言っていたので、その時はそれ以上追及しなかったのだが……
『ふむ……少々問題が大きくなった。……これについては眷属会議に諮る必要がありそうだな』




