第百八十三章 過去からの証文 2.古(いにしえ)の契約書(その1)
クロウが一枚の紙を見て考え込んでいるのに気付いた従魔たちが、徐にクロウに問いかける。
『マスター、それって、何なんですか?』
『難しい顔して考え込んでいたわね』
『面倒な事が書いてあったんですか? 主様』
問いかけられて我に返ったクロウは、従魔たちに説明する。
『面倒と言えば面倒なんだが……面倒に巻き込まれるのは俺たちじゃないな。テオドラムだ』
『……楽しそうなお声でございますな』
『そこに……書いてある……内容が……ですか……?』
『ますたぁ、何て書ぃてぁるんですかぁ?』
『あぁ、これは土地売買の契約書だな。テオドラムの貴族が、他の国――船に乗っていたところをみると、他大陸の住人かもしれん――の商人に、領地の一部を売り渡したという契約書だ』
『……は?』
『……お待ち下さい。……そういう事が……法制的に……できるの……ですか?』
この世界の領地に対する領主の権利というのは、どうなっているのか?
既に領地を保有していた領主が国に参加する場合と、国王から領地を下賜される場合では異なってくるのではないか? 後者の場合は土地の利用権や徴税権だけで、所有権自体は国に帰するのではないか?
テオドラムどころかこの世界の法制に疎いクロウには、判断のしようが無かった。しかも、この証書の場合にはそれだけではなく――
『そこがややこしいところだな。ただ、この契約が結ばれたのは百年以上前だ。現行法の制定以前の契約だとしたら、簡単に無効にもできんかもな』
結局のところ、
『……これはペーターのやつに相談した方が良いだろうな』
――という事になって、クロウたちはオドラントに向かう事になった。
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『……成る程……』
そう言ったきり難しい顔付きで黙り込んだペーターを、クロウは暫くそのままにしておいたが、やがて痺れを切らしたように問いかけた。
『……それで? ペーター』
『あぁ、申し訳ありません。少々ややこしい事になっていまして……。まずですね、売買契約が結ばれた時代も、王国の土地所有権は確か王家が握っていた筈です。領主たちはその土地の使用権を与えられていただけだったと習いました』
『では、この証書は無効か?』
『そこがややこしいところでして……まず、売主になっているハーメッツ家というのは、契約の更に少し前にテオドラムに帰順した、元アムルファンの領主でして……』
『……いきなり面倒臭そうな話になってきたな……』
『はぁ……実際にそのとおりでして……』
このハーメッツ家というのはアムルファンでの待遇に不満があったのか、領地を接するテオドラムに寝返ったのだという。労せずして領地を手に入れたテオドラムからは相応の待遇で迎えられたそうなのだが……
『どうも、その……当時のハーメッツ家の当主には、領地経営の才能が徹底的に不足していたようでして……』
『……察するにアレか? アムルファンでも同じような目に陥っていたんで、報奨金目当てに寝返ったという訳か?』
『どうもそのようです』
『……で、寝返った後も放漫経営が祟って、またもや懐具合が怪しくなった、と』
『ご明察のとおりでして……』
表向きは裏切られた形のアムルファンからは、テオドラムに対して形式的な苦情が届けられただけだという。その話だけで、どれだけ持て余されていたのかが知れようというものだ。
『……話の落ちが見えてきた気がするな……』




