第百八十三章 過去からの証文 1.魔法の文箱
「谺の迷宮」の戦闘員たちが華々しいデビュー戦を飾ってから六日後、久々に平穏な日々――註.クロウ視点――を満喫していたクロウは好い機会とばかり、溜まりに溜まった沈没船からの回収品の整理に着手していた。
「――ん? 何だ? こりゃ」
その時クロウの目に止まったのは、小さな文箱のようなものであった。何でこんなものが――と言いかけて思い出した。確か比較的大きな沈没船を漁っていた時、【鑑定】に引っ掛かったやつだ。どうやら保存系の魔法がかかっているらしく、海底に百年以上沈んでいたにも拘わらず、何の影響も受けていないようだったので持ち帰ったのだ。
『マスター、それ、何ですか?』
『何やら魔力の気配がいたしますな』
『魔道具……でしょう……か?』
『どうもその手のものらしいな。保存系の魔法が掛かっているようだ』
『何が入ってるんですか? 主様』
『ちょっと待て……何だ? 蓋が取れんな。……ライ、隙間とかあったら潜り込めんか?』
言われたライは蓋の隙間から中に入れないか探っていたが、
『駄目ですぅ、ますたぁ。入れませぇん』
『封印のようなものが掛かっているのか。……まぁ、考えてみればそれもありか』
『壊しちゃえば? クロウならそれくらい簡単でしょ?』
身も蓋も無い発言をかましたシャノアを、ジロリと横目で見るクロウ。
『……シャノア、精霊の価値観とかは解らんが、何かあったらすぐ力業に頼ろうとするのは、女子力の点でどうかと思うぞ?』
『――何よそれ? 「せくはら」ってやつじゃないの?』
プンプンと憤慨するシャノアと、それを残念そうな目で眺めるクロウ。不穏な空気が漂いかけたが……
『まぁまぁお二方。それよりも、箱の中身が気になりませんかな?』
世慣れたスレイに宥められ、改めて箱に意識を向ける二人。
『……まぁ、こうまで中身を保管しようとしているんだからな。気にならない訳じゃない』
『何か……開け方が……あるのでは……?』
ハイファに指摘されたクロウは、改めて箱の外側を検分する。箱根細工の例もあるし、何かの絡繰り仕掛けでもあるのでは無いかと思ったのだが、
『……それらしい仕掛けも鍵穴も無いな。どうも、何かの魔法で施錠してあるようだ。パスワードか指紋か魔力の波動か……何か判らんが、ともかくそうしたものが一致しないと開封できないようになっているようだな』
ここまで念の入った仕舞い方をしているのなら、無理にこじ開けようとすると自爆するぐらいの仕掛けはあるかもしれぬ。
『自爆しちゃうんですかぁ!?』
『それは……また……』
『爆発はロマンですよね? マスター』
……業の深そうな発言をしてのけた者が一名いるが、
『……キーン、この場合俺たちは巻き込まれる当事者になる訳だからな? 傍観者ではなくて』
『――そうか。爆発の炎は、へっちゃらでも、爆風で、吹っ飛ばされちゃいますね』
『あたしは平気じゃないわよ!』
どうやら火魔法への耐性はお寒い限りらしいシャノアが憤慨しているが、
(……まぁ、ダンジョン内でそんな危険な目には遭わさんがな。……うん? ダンジョン……?)
何やら思い当たる節があったらしいクロウ。
『……どうかしましたか? 主様』
『ほほぅ……これはこれは……』
『何かぁ、思ぃ付ぃたみたぃですぅ』
『またぞろ妙な事を考えてるんじゃないでしょうね?』
『シャノア……お前が俺の事をどう思っているのかは後で訊くとして……』
ジロリとシャノアに一瞥をくれたクロウが箱に手を掛けると、今度は何の抵抗も無く蓋が取れた。
『ほほぅ……これはこれは……』
『……お見事……です』
『ちょっとっ! 一体何をやったのよ!?』
『ん? 箱をダンジョン化しただけだぞ? そうすればダンジョンマスターの権限でどうとでもなるからな』
『はぁっ!?』
一人シャノアだけが騒いでいるが、従魔たちには心当たりがあった。ゲルトハイム鋳造所で金貨の地金をすり替えた時に、クロウが使った手だ。あの時はまだシャノアはいなかったから、驚くのも無理はない。
『……ダンジョンマスターって、こんな事もできるのね……』
『ますたぁは、特別ですよぉ?』
『何しろご主人様のダンジョンマジックは、「壊れて」おいでですからな』
『一般的な……ダンジョンマスターの……範疇には……入らないかも……しれません』
『何よそれ……』
妙に疲れた感じのシャノアを従魔たちが慰めているのを尻目に、クロウは文箱の中身を検めていた。幾つかの書類を読んだ限りでは、文箱の持ち主は商人であったらしい。商取引の証書や貸し付けの証文、契約書などが入っていた。
が、その中に一枚、クロウとしては見過ごせないものがあった。
『ふむ……この証書は今でも有効なのか?』




