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第百八十二章 テオドラムの蠢動? 1.ソマリクからの報告

 ここで少々時間を遡るとしよう。


 沿岸国アムルファン屈指の商都セルキアを発ったカイトたちは十二日後、同じくアムルファン北東部の商都ソマリクへと到着していた。本来ならばもう少し早くに到着している筈の距離であるが、歴史好きの道楽者という設定を確固たるものとすべく、途中ゆるゆると史跡などの聞き込みをしながらの道中だったので、通常よりも少し時間がかかったという事情がある。


 ここで読者諸氏の便宜を考えて、カイトたちがセルキアを発ってからソマリクに辿(たど)り着くまでの出来事を並べておこう。

 まず、クロウが「災厄の岩窟」の南に湖を造成したのが、カイトたちがセルキアを発った二日後。同日テオドラムでは、密偵たちが消息を絶った事が国務会議で話題になっている。

 試作したクリムゾンバーンの革製品をどこに流したものかとダイムたちが頭を悩ませ、最終的に「鬱ぎ屋クンツ」の伝手(つて)を頼ろうという事になったのがその翌日。

 ヴィンシュタットの屋敷にヤルタ教の神官たちが布教に訪れたのが更にその翌日となっている。

 セルキアを発って七日後には、「(こだま)の迷宮」の「戦闘員」たちがテオドラムの小麦を仕入れた商人を襲って初陣を飾り、後に残された決起声明の内容を巡って、関係各国が首を傾げる事態となっている。


 こういった背景の(もと)で、カイトたちはソマリクの町に辿(たど)り着いたのだが――


 

「熟成酒の件は、セルキアの時よりは広がっているみてぇだな」

「イラストリアに近いせいかしらね」

「あれから十日以上経っている事も忘れるな。それよりも問題なのは……」

「テオドラムが小麦の取引量を絞ったという噂……ですよね」



 クロウが造成した「(いざな)いの湖」のせいでテオドラムの国務会議は大荒れに荒れ、迷走の果てに小麦を備蓄に廻す事を決定。そのせいで()(じょう)に流れるテオドラムの小麦が減少するという結果を招いていた。不作という話は聞こえてこないため、仲買人たちは首を傾げていたのだが、それはカイトたちも同じであった。



「……生産量に変化が無いのに流通量が減るって事ぁ……」

「中抜きの量を増やしたって事だろ?」

「カイトの言うとおり、単純に考えれば備蓄量を増やしたという事になるんだろうが……」

「問題は、その理由ですよね……」

「不作に備えて……というのも唐突だし……考えられるのは……」

「……戦に備えての(ひょう)(ろう)……って事?」



 とんでもない方向へ話が転がり出しそうであったが――



「……さすがに、小麦の話だけから結論するには重大過ぎる。もう少し情報を集めてからにしよう」



 ――という事で、カイトたちはしばらくここソマリクに腰を下ろす事にしたのであった。



・・・・・・・・



「何件かの商店でそれとなく訊き込んでみたんですけど――」



 報告の口火を切ったのはハンスである。元・テオドラム軍の主計士官であった彼は、商人相手の交渉事には()けており、話術も相応に巧みであった。その能力を駆使して、仕入れ旁々(かたがた)色々と訊き込んできたらしい。つくづく有能な人材である。



「――小麦の流通量が減った事には首を傾げていましたけど、危機感を覚える程ではないようです。小麦以外の軍需物資は動いていないとかで、テオドラムが軍事行動を画策しているとは思われていません。また、小麦の流通量にしても、市場経済に影響を与える程の減少ではないとかで、こちらもそれ程懸念はされていません」



 ハンスに続いて報告したのは、斥候職のバートであった。



「俺が当たった情報屋も、同じような事を言っていた。時期的にもおかしいって言ってたな」

「時期的に?」

「どういう事だよ?」

「あぁ。そいつに言わせるとな、仮に軍事行動に付随しての兵糧確保なら、秋の収穫を待ってからでも問題は無い筈だってんだな。軍の動きを誤魔化すにも、そっちの方が都合好かった筈だと。近日中に事を起こすってんなら話は別だが、そんな気配は見られねぇらしい」

「成る程な……確かにテオドラムは、既に二個大隊以上を失っている。新兵の補充も無しに、大規模な軍事行動を起こす余裕があるとは思えない」

「一つ考えられるなぁ、秋の収穫が不作になると予想しての備えだってんだが……肝心の農民たちにそんな気配は見られねぇんだと」

「「「「「う~ん……」」」」」



 要領を得たバートの報告に、他の五人も首を(かし)げる。



「そうすると……主食以外の用途に使われているのか?」



 散々首を捻った挙げ句、そう口に出したのはハンクであったが――



「それなんだけどね。あたしが聞いた限りだと、エールの値段も上がってるみたいよ?」

「エール? ……そう言やエールも小麦から造るんだったっけな」

「……そのエールはテオドラム産か?」

「この辺りのエールは大体そうよ。テオドラムのエールが安いから、自国産のエールが売れない、だからみんな廃業しちゃったの」

「そのエールが値上がりしたって事は……」

「……中抜きされた小麦がエールに廻されている――って訳でもなさそうだな」



 今回のテオドラムの動きに関心を抱いているのは商人だけでなく、他国も気にしているらしい。ただ、軍事行動の予兆が無いという事で、その関心も切迫したものではないようだが。



「……現状で判明したのはこれくらいか。とりあえずご主人様にご報告しよう」

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