第百八十一章 ヰー! 8.クロウ(その2)
実際には、その襲撃の際に残した声明が原因で、早々に関係各国の頭痛の種となっているのだが……そんな事情はクロウの知るところではない。
『しかし……単に商人たちが通行を手控えるだけでは、テオドラムへの嫌がらせにならないのでは?』
控えめに疑念を呈したのはペーターであったが、クロウの悪辣さは群を抜いていた。
『なに、その時は、商人のふりをしてテオドラムの冒険者ギルドに、「盗賊」の討伐依頼でも持ち込むだけだ。ヴォルダバンのギルドにも依頼を出していると言えば、むきになるんじゃないか?』
さらりと述べられた悪謀に、爺さま・シャノア・ペーター――ついでにエメン――といった良識派が絶句する。対して、ダンジョンコアや眷属たち、ネスやクリスマスシティーという面々は感嘆の体である。さすがは我等の誇るご主人様だ。
『最終的には……討伐隊を……「谺の迷宮」で……迎え撃つ事も……計画のうち……ですか……?』
『あぁ。ダンジョンとばれないように注意はするがな。多少はダンジョンシードにも経験を積ませる必要があるだろう』
『まぁ……「谺の迷宮」なら、それも可能ですか』
クロウ監修の「谺の迷宮」は、一見しただけではダンジョンと気付かれにくい設計になっている。
無数に林立する障碍物が目隠しとなり盾となるため、待ち伏せには持って来いの構造となっており、これだけで討伐部隊は大きなビハインドを背負う事になる。のみならず、ダンジョン内では魔力が反射されるようになっているため、魔力の流れによって位置を掴む事は不可能。魔法による攻撃は延々と反射されて、思いがけない方向から返ってくる。しかも、それが自分の放った逸れ弾流れ弾だとは気付かないので、あちらこちらに狙撃手が潜んでいるように思われる。
『魔法で攻撃しようとすれば自滅に拍車がかかり、魔法を封じれば物陰から狙い撃ち』
『おまけに内部は狭いから、大兵力の展開には向かない』
『まさに難攻不落の要塞でございますな』
『地上部まで活用すれば、一個大隊の攻撃でも跳ね返せる筈だったな?』
『別働隊の使用を許可して戴ければ、問題無く』
既に「戦闘員」は御目見得を済ませている。「アジト」が御目見得する日が楽しみだ。
『全世界に我が「シェイカー」の名が轟くんんですね、マスター』
いや……キーン、〝我がシェイカー〟って何だよ……?
眷属の目指そうとしているものは何なのか。仄かな危機感をクロウが抱き始めたところで……
『あれっ? でも……有名になったら贋者とかが出ませんかね? 主様』
『贋者!?』
『むぅ……なりすましというやつか……確かにその可能性は無視できんな』
『ですがご主人様、事態が混乱するのは、それはそれで望ましいのでは?』
『テォドラムもぉ、右往左往するんじゃなぃですかぁ?』
『ふむ……確かにそういう見方もできるか』
――という雰囲気が生まれそうになったところで、
『駄目駄目駄目! 絶対駄目っ! そんなやつらは征伐です!』
キーンが憤然と反対の声を上げた。
『いいですか? 我々「シェイカー」は、単なる物盗り山賊の類じゃ、ありません。テオドラム打倒の使命を抱く、崇高な革命集団なのです!』
お……おぉ……そうだったのか……
『薄汚い盗賊どもと同一視されるなど、何が何でも容認できる事ではありません!』
『まぁ……悪目立ちする衣装を身に着けておるのじゃからして、仮に騙り者が現れたところで、差別化は容易じゃろうよ』
『衣装に関しては凝りに凝りましたからな』
『……俺は大変だったんだが……』
『そうだとしても、贋者が出た場合は、即刻排除する事を、具申します!』
『……まぁ……チンピラの罪まで擦り付けられるってのは、あまり愉快な話じゃないな、確かに』
――と、クロウが同意した事で、贋者が現れた場合には排除するという方針が済し崩しに決定される。
しかし、勢いに乗ったキーンの提言は、これくらいでは収まらないのであった。
『……俺の衣装だと?』
『はいっ! マスターはラスボスなんですから、やはり首領らしい格好というものが』
勘弁してくれと言いそうになったクロウであったが――待て暫し。
(……考えてみれば、何かの理由で姿を見せざるを得ない状況というものができるかもしれん。その時になっておたつくのも却って面倒か……)
『……そうしますと……平素のご主人様のお召し物とは、かけ離れたものが望ましいのでは?』
『そうなるか……。ふむ、「首領」として登場するかどうかは別にして、「黒幕」としての衣装については考えておく必要があるかもな』
 




