第百八十一章 ヰー! 7.クロウ(その1)
ヴォルダバン・テオドラム・イラストリアの三国が揃って頭を悩ませている頃、その元凶たるクロウは何をしていたかと言えば――
『戦利品がテオドラムの小麦か……』
テオドラムと取引を終えてヴォルダバンへ向かっていた商人を襲った。それはいい。
戦利品として積み荷を戴いてきた。それもいい。
一つ問題があるとすれば……
『テオドラムの小麦なんて貰っても、どうしろというんだ?』
――これである。
毒麦騒ぎの件からこっち、テオドラム小麦の評判は、それこそ地を這うような勢いで低下している。欲しがる者がいるとは思えなかったが、それでも安値につられて買う者は、一定の数いるらしい。
『まぁ、【鑑定】した限りでは、麦角による汚染は見られなかったが』
安全性は確認できたので、市場へ流しても問題にはならないだろうが――
『……抑、売り捌く伝手を持ってないからなぁ……』
持て余すというのが本音だろう。
しかし、どんなものにも使い途を見いだす者はいるもので――
『だったらご主人様、ビールに変えちまったらどうなんで?』
『ビールか……それも手だが……お前ら、テオドラムの小麦で造ったビールなんて、飲もうって気になるのか?』
『その――バッカクとかって毒は混じってねぇんでしょう? だったら構いませんや』
『酒に罪はありませんて♪』
『そうか……』
原料が原料だけに、エルフたちに廻すのは躊躇われる。だが、自分たち――主にカイトとバート――が承知の上で飲むというなら問題は無いか?
『……可能であれば、テオドラムに売り付けてやっても面白いんだろうがな』
『テオドラムに?』
『そんな伝手があるんですか?』
『無い。まぁ、あれば面白いだろうって話だな。そんな事より――』
――と、クロウはペーターたちの方へと向き直る。
『初陣、ご苦労だった。今更だが中々の手並みだったな』
『恐れ入ります』
『〝てれび〟で観たのとそっくりでしたね、マスター』
いや……同じように見えるように工夫してただろうが、お前ら。
『けどマスター、〝てれび〟と同じだったら、攻撃を受けると自爆しちゃうんですか?』
そこまで真似る必要は無いだろ!
『自爆などさせるつもりは無い。爆煙に隠れて転移だな』
『おぉっ……火遁の術というやつですな』
――何だかんだと言っても、様式美というものには煩いクロウであった。
『やっぱり、ここまできたら、お約束は外せませんよね~』
……〝幼稚園バスの乗っ取りができないのが残念〟――とか、言い出すんじゃないだろうな。 ……しかし……お約束で思い出したが……
『ネス――シュレクの村人たちにパルクールなど教えるなよ? 戦闘員と間違えられたら拙いからな?』
『……かしこまりました』
……間があった。教える気満々だったな、こいつ。
クロウがじっとりとした視線を向けていると、
『この後、どうなりますかねぇ、マスター』
『どう――って言われてもなぁ……』
元はと言えば、ダンジョンシードを拾ったからという理由で――シードの花壇でも造るような気楽さで――作成したダンジョンである。偶々立地条件が面白かったので、テオドラムに対する新たな嫌がらせの場として活用する事にしたが、そこでキーンの提案を受け入れたため、嫌がらせの主体はダンジョンではなく、そこに駐留する「戦闘員」が担う事になった。その流れで、新たなダンジョン「谺の迷宮」は、当面ダンジョンである事を隠して、秘密組織「シェイカー」の単なるアジトとして振る舞う事になり……早い話がダンジョンとしての活動を控えるという事になっている。……まぁ、「戦闘員」をダンジョンモンスターと見做して、その鹵獲活動を狩猟として扱うのなら、ダンジョンらしいと言えない事も無いのだが。
ダンジョン内に獲物を誘い込んでの捕食を行なわないなど、本来ならダンジョンとしての存亡を揺るがしかねないのだが、そこはクロウのダンジョンである。ダンジョンロードであるクロウから有り余る程の魔力の供給を受けるため、今更チンケな獲物など必要としない。……ダンジョンの定義が怪しくなるような事態であるが、クロウ麾下のダンジョンはほとんどがそうであり、自活できているのは「ピット」と……強いて挙げれば「災厄の岩窟」くらいであろう。
要するに、こちらから慌ててアクションを起こす必要は無い。今は相手のターンである。
『たかが隊商一つを脅かしただけで、そうそう討伐隊も来ないだろうし、しばらくはのんびりできるんじゃないか?』




