第二十一章 王都イラストリア 3.国王執務室
足跡の話がついに国王にまで達します。
もはや定番となったこの集い。今日もまた例のメンバーが集まっている。
「お前から話を聞く度に頭と胃が痛くなるのは昔からだな」
「今更何を言ってるんです。お嫌なら席を外しますかぃ?」
「その義には及ばん。儂も陛下も覚悟はしておる。話せ」
「それじゃぁまぁ遠慮無く」
腹を括ったように、ローバー将軍は先日明らかになった事実と、ウォーレン卿と話し合った内容を、ただ淡々と述べてゆく。話が進むにつれて国王と宰相の表情が、渋面、沈痛、無表情と、面白いように変わっていく。
「……随分と予想と覚悟を上回る話だの」
「未知の技術を持つ未確認の存在、それに行方不明のダンジョンコアか……」
「相手の正体については何と見る?」
「現時点では何も。ただ、その意図については、これまで検討してきた内容から大きく外れる事はないでしょう」
「相手の力量が予想以上だった、それだけの事ですな」
「はい。ただ、ここに至るまで相手は明確な敵意を示していません。あえてこちらと事を構える意思は薄いかもしれません」
「だといいのだがな」
「いつでも潰せるって余裕の現れかもしんねぇぜ?」
「それはどうでしょうか。技術だけでは戦はできません。兵たちの戦意や数、兵糧、何より経験が物を言います。未知の存在、すなわち表舞台に立ってないという事は、戦の経験が多くない、そういう事になるでしょう」
「言うじゃねぇか、ウォーレン」
国王と宰相は僅かにほっとしたような表情を垣間見せたが、気を取り直したかのようにすぐに表情を引き締めた。明るい情報に思えても、それはあくまで可能性の話。安心してよい理由にはならないのだ。
「朗報といえるかは判りませんが、例の模様に近いものを金具で作らせてみました。全面を覆うのではなく、小さめの金具を適宜貼り付ける方式を採っています。兵どもの靴に貼り付けて試験中ですが、多少重くはなるが地面への食いつきは若干良いそうです。まぁ、食いつきが良すぎて足をとられる馬鹿も出ましたがね。問題は作る手間暇ですな」
「ふむ、その試験結果は報告書にまとめてくれぬか。少しでも装備の改善になるのなら、多少の出費には目を瞑ってもよいであろう」
ちらりと宰相の方を流し見ると、宰相も黙って頷いた。ただし、将軍が述べた改善策は、地面への食いつきの強化には役立つが、濡れた岩場で滑りやすいと言うことと、金具が外れやすいという欠点の根本的な克服はされていない。イラストリア王国の装備改善は、まだ道半ばにすら達していなかった。
「次はダンジョンコアとやらの話だな」
「将軍の方から申し上げたように、回収したダンジョンコアがまだ未使用の場合、新たなダンジョンを造るのに用いられる可能性があります。しかしそれ以外にも想定される用途があります」
「ほう? 聞きたくない気がひしひしとするが……何に使うと言うのだ?」
「ドラゴンなど強力なモンスターは、自分の魔力を高めるためにダンジョンコアや魔石を食らう事があるそうです。つまり……」
「モンスターの強化か……」
どちらにしても愉快な話ではない。敵対の意思は明確でないといえ、相手のフリーハンドばかりが確保されてゆく。こうも一方的に追い詰められて、面白いと思える筈がない。
「一つ気になるのですが、足跡をつけた者がダンジョンコアを回収したとして、何故今まで回収しなかったのでしょうか? 時間は充分あった筈です」
「気づかなかったって言いてぇのか?」
「はい。では、いつ気づいたのか? 回収以前にモローの地を訪れたのは?」
「読めたぞ、ウォーレン。モローの二つのダンジョンを造った時に気づいたと、そう言いてぇんだな?」
「だとしても、それが何を意味するというのだ?」
「ダンジョン作成後に回収した。すなわち、二つの新ダンジョンに、回収したコアは使われていない。すなわち、まだコアが手元に残っている……」
「あまり嬉しくねぇ可能性だな」
「立ち寄った先でたまたま見つけたダンジョンコアを利用したという事も考えられなくはありませんが…」
「楽観論に拠って対策を講じるのは禁物か……」
「はい。それともう一つ……」
「またか!」
声を上げたのはローバー将軍一人だが、他の二人も同意見らしく、じっとりとした視線を送っている。
「ご安心を。そう気の滅入る話じゃありません。なぜ、あの場所にダンジョンを開いたか、という話です」
「うん? ダンジョンには適地ってもんがあるんじゃねぇのか?」
「少ないとは言っても適地はあそこだけじゃない。なのに、わざわざあの場所に二つものダンジョンを開いたのはなぜか? しかるべき理由がある筈です」
もちろん理由など無い。クロウが何の考えもなしに、元のダンジョンの東西に、と、勝手に決めただけである。しかし合理的思考を旨とする軍人は、「偶然」とか「何となく」などという曖昧な理由は好まない。何か合理的な理由を見つけようとするのは蓋し当然であった。
「同じ場所に二つのダンジョンを開いた理由か……。回収したダンジョンコアが丁度真っ二つになってたからってんじゃ……いや、半人前のコアじゃ一人前のダンジョンを造れねぇか」
「はい。コアを強化できるというなら別ですが」
実は蚊取り線香と焼酎で割と簡単に強化できるのだが、そんな事は彼らは知らない。知ったらその理不尽さに腹を立てるだろうが。
「ダンジョンの適地、とはどういうものじゃ?」
「一般に、魔力や瘴気が淀んだ場所に発生しやすいと言われています」
「この城のように、か?」
「いえ、人が盛んに出入りしている場所にダンジョンができた例は知られていません。陰謀や怨念を籠もらせた者ばかりが集まるわけではなく、健全な者の方が多いために、陰の気が淀むまでには至らないせいだと考えられています。万一ダンジョンが発生しても、危険な段階に成長する前に見つかって始末されて終わりです」
「ふむ。それではバレンの町やヤルタ教の教会がダンジョン化するのは考えなくてよいのじゃな? 後者については、いっそ、と思わぬでもないが……」
「どうどう、お気を確かに陛下。それでウォーレン、モローに二つのダンジョンが出現した理由について心当たりはあるのか?」
拳を血が滲みそうなほど握りしめ、妙に据わった目を光らせ始めた国王を落ち着かせようと、ローバー将軍が力任せに話を戻す。国王の様子を見て、その流れに乗るのが賢明と判断したウォーレン卿も、そのまま流れるかのように話を進める。
「残念ながら。しかし、前にもお話ししたように、新旧のダンジョン、ドラゴン、そして噂の宝玉と、すべてがモローに集束しています。特に新たなダンジョンについては、黒幕が意図的にあの場所を選んだ考えるのが妥当ですから、あの地は彼らにとって何か重要な場所なのかも知れません」
そんな事はない。新たなダンジョンについてはクロウが何も考えずに決めただけで、宝玉については引き籠もりのクロウが他に手頃な地名を知らなかっただけである。しかし、そんな事情は四人組の想像の範疇にはなかった。
「宰相、図書寮に命じて古文書を当たらせてみてくれんか。何ぞ伝承が残っておるやもしれん」
「僭越ながら、地質や鉱脈などについてもお調べ戴ければ。彼の地には金鉱が在った由。その関係を当たれば何か判るかも知れません」
考える事や動く事がどっと増えた一同が、疲れたように肩を落とした頃合いで、国王が最後の爆弾を投げ込んだ。
「面白くない話を一つこちらからも追加しておこうかの。彼の者がわが国に入った折、本当に一人だけだったのかを宰相が懸念しておる」
軍人二人は虚を衝かれたように黙り込んだ。
もう一話投稿します。




