第百八十一章 ヰー! 5.王都イラストリア(その2)
「まぁ、これに関しては、敢えて大仰な言い廻しを使う事で、追及を攪乱しようとしているのかもしれません」
「そういう事も考えられるか……ウォーレン、お次は何だ?」
「はい。あの……彼らが言い残したという……その……掛け声……奇声があります」
さすがに自分でも思うところがあるのか、躊躇いがちに口に出すウォーレン卿。案の定、聞いている三人はウンザリした表情を露わにした。
「……あの……〝ヰー!〟ってやつか……?」
「……それです」
心の底から情け無さそうな口調で応じるウォーレン卿。
「……まぁ……手がかりと言や手がかりに違ぇ無ぇわな。……けどよウォーレン、儂もそれなりに荒事の場数は踏んできたつもりだがよ……〝ヰー!〟なんてぇ気合いは聞いた事が無ぇぞ?」
「それについては自分も確認してみました。図書寮にも問い合わせてみましたが、古今東西の文献を紐解いても、〝ヰー!〟という掛け声については出てこなかったそうです」
日頃鹿爪らしい顔を崩さない図書寮の役人たちが、生真面目に〝ヰー!〟と呟きながら書巻をひっくり返している場面を想像すると、思わず吹き出しそうになるが……手がかりが無いというのは困った事である。
「図書寮からは、〝ヰー!〟とはどこの言葉なのかと訊かれましたが……それを知るために問い合わせた訳ですから……自分としても答えようが無く……」
途方に暮れたように言葉を切ったウォーレン卿であったが、まさか出典が地球の特撮番組だなどとは思わないから、これは理解できない方が当たり前である。
「どこの国の言葉――か」
「もしくは、どっかの部族か何かって事になりますな。……ウォーレン、今思い付いたんだが、魔族って線は無ぇか?」
「魔族が両手に鎌を持って、宙返りしながら襲って来たと?」
「……無ぇな。取り消すわ」
魔力に秀でる魔族であれば、そしてその事を誇りとしている魔族であれば、その魔力をもって襲って来るのが当然である。身許を隠すためとは言え、こんな奇矯な振る舞いを強制されたら、怒って離反しそうな気がする。
魔力はなく身体能力で襲って来たというのなら、寧ろ獣人の可能性が高まるが、こっちはこっちで他の種族のふりをするなど、やはり侮辱と受け取るだろう。
「そうすると……これは以前に持ち出された話が現実味を帯びてくるようだな」
「……ひょっとして、Ⅹは他の大陸から来たんじゃねぇかって話ですかい?」
「奇態な言語と振る舞いがあって、しかもそれが今まで知られておらぬとすれば、あながち無理のある推論ではあるまい?」
「Ⅹの正体って問題の検討を、先送りしてるだけのようにも聞こえますがね」
「いえ……必ずしもそうとばかりは言えません。将軍の指摘は指摘として、Ⅹがこの大陸の者でないという仮定が正しいとすると、その判断や行動の指針自体から考え直す必要が出てきます」
要約すると、〝問題を根本的に見直す必要がある〟――という事になる。そうと気付いた国王が渋い顔になるが、既に問題は投げかけられた後である。
「ただし……そうすると、Ⅹ以外にも他大陸からの来訪者、それも恐らくは兵士としての訓練を受けた者たちが複数……恐らくは作戦行動をとるに充分なだけの人数が、既にこの大陸に入って来ているという事になります」
不穏当な内容を淡々と指摘するウォーレン卿を、ギョッとした様子で振り返る三人。
「……とは言いましても、さすがに中隊規模の戦力単位が侵入しているとは考えにくいですから、恐らくは分隊単位。多く見ても一個小隊というところではないかと」
「一個小隊……」




