第百八十一章 ヰー! 3.テオドラム
「いや……災難なのは解るが……なぜ我が国にそんな話が持ち込まれるのだ?」
ヴォルダバンから外交ルートを経て持ち込まれた難題……と言うか珍問に、テオドラムの国務卿たちも困惑の色を隠せない。
「襲撃の場所はヴォルダヴァン領内なのだろう? 我が国の領内ではなく?」
「だったら、ヴォルダバンが対応するのが筋なのではないか?」
口々に疑念を呈する国務卿たちに、疲れたような口調で応じるのはトルランド外務卿である。
「……基本的には諸兄らの言うとおりなのだが……事はそれほど単純ではないのだ……」
やや投げ遣りな口調で外務卿は説明する――賊が残した「決起声明」の事を。
「……つまり何か? どこの馬の骨とも知れぬコソ泥が、我が国に言い掛かりを付けたために、こっちにお鉢が回って来た――と?」
「不快に、そして不可解に感じているのは私も同じだ。だが、コソ泥だろうが何だろうが、我が国を名指しで非難している以上、ヴォルダバンとしては通知せざるを得なかったのだろう。その辺りの判断は、同じように外務を預かる者として理解できる」
「……理解はできても、納得はしづらいがな」
仏頂面で切り返したメルカ内務卿に、他の面々も同意を示す。
「しかし……実際問題として、我々に何ができる? まさかヴォルダバンに派兵する訳にもいかんだろう?」
「向こうもそんな事は期待しておらんさ。彼らが欲しているのは情報……と言うか、この盗賊どもの心当たりだろう」
「それこそ無茶振りというものだろうが」
「いや……そうとばかりも言えんかもしれん……」
半信半疑という口調ながらも、聞き捨てにはできない事を言い出したのはファビク財務卿。一同の視線が彼に集まる。
「……先日の会議で、ダンジョンマスターが我が国を包囲しようとしているのではないかという意見が出た事を憶えているかね?」
――確かにそういう話題が出た。しかし……
「……あれは、考え過ぎだという結論になったのではなかったか?」
「あの時は、な」
「……ここへきて事情が変わったと言うのか?」
「あの時には無かった南西部での封鎖が出て来た訳だ。検討しない訳にはいくまい?」
「むぅ……」
「確かに……」
渋い表情で、しかしそれでも頷かざるを得ない国務卿たち。
「そして――今回は新たにもう一つ、検討すべき視点がある」
「新たな視点――だと?」
「それは何だ?」
「先般、我が国を包囲している可能性が指摘されたダンジョンだが……『ピット』はイラストリア領内、盗伐騒ぎがあったのはイラストリアとの国境の森、『災厄の岩窟』はマーカスとの国境、ダンジョンかどうかは不明ながら『誘いの湖』もこれは同じ、そして……今回襲撃があった場所はヴォルダバンの領内だ。これをどう考える?」
ファビク財務卿に指摘された事実を前に、虚を衝かれた様子の一同。
「……我々が手を出しにくい場所を選んでいると言いたいのか……?」
「……『岩窟』と『湖』はともかく……他は考え過ぎではないのか?」
「盗伐騒ぎがあった森にしても、抑我が国に手頃な森林が無かったというのが問題だった訳だろう」
「建国当時に、目の敵のようにして森を伐り拓いたという話だったからな」
「うむ。それが原因で、我が国にはモンスターもダンジョンも少ないと聞いたぞ?」
「我が国がダンジョンの発生しにくい立地であるために、結果的にそうなっているだけではないのか?」
異口同音に反論を口に出す国務卿たちに対して、
「……私も偶然だと思っていたよ。だがな諸君、ダンジョンについてはそれで説明できるとして、今回の襲撃までが我が国の外で行なわれた理由については、どう説明する?」
「……むぅ……偶然にしては……」
「確かに……今までのダンジョンと同じには説明できんか……」
――違う。
「戦闘員」による襲撃は単にキーンが悪乗りして提案しただけで、実際はそれに先んじてダンジョンが造られている。
しかも、そのダンジョン「谺の迷宮」が造られた理由は……〝偶々出会ったダンジョンシードの居場所を用意するため〟――という、世にも能天気な理由であった。
決して国務卿たちが懸念するような、「テオドラム包囲網」形成のためなどではない。
「マーカスやモルヴァニアとの交通は以前から絶えていたが、ここへきてヴォルダヴァンとの交通路の一つが潰されるとなると……」
「うむ。面倒な事になるかもしれん」
「想像を逞しくすれば――ヴァザーリの凋落すら、同じ狙いの下になされたと疑う事も……」
――考え過ぎである。
「何と遠大な通商封鎖か……」
――違うと言うのに……
こうしてテオドラムは、クロウの思惑とは全く異なる方向に、懸念と警戒を深めていくのであった。




