第百八十一章 ヰー! 1.ヴォルダバン(その1)
内容はともかく、章のタイトルとしては多分画期的……その自覚はあります(w)。
ヴォルダバン北部、テオドラムとの国境にほど近いカラニガンの町の警備隊長は、その日持ち込まれた怪問題に頭を抱える羽目になった。
「労働者の権利を回復し、虐げられた民衆を帝国主義者の魔の手から解放する……って、一体何の事だ?」
隣国テオドラムで仕入れた小麦を積んで峠道を通っていた商人が、盗賊に襲われたと報告してきたのである。これだけなら――当の商人には気の毒だが――そう珍しい事ではない。型どおりの事情聴取を終え、必要があれば討伐隊の編成を代官なり領主なりに進言し、場合によっては冒険者ギルドに盗賊討伐の依頼を出す。それで一件落着の筈であった。
……そう簡単に収まらなくなったのは、問題の盗賊が遺した宣言にあった。
「労働者の権利を回復し、虐げられた民衆を帝国主義者の魔の手から解放する……って、一体何の事だ?」
――斯くして、話は冒頭の場面へと繋がるのである。
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「内容はともかく、そう書かれた書面が馬車に残されていた訳でして」
「根も葉も無い世迷い言……として切り捨てる訳にもいかんか」
「はい。自分たちの素性を偽るためとも考えられますが、だとしても、態々偽情報を喧伝する必要は無い筈です……普通なら」
――そう。普通なら何も言わずに、黙って去って行けばいい筈だ。
「……何らかの理由で、自分たちの犯行を誇示する必要があった――という事か?」
この推測は妥当なものであるが、同時にそれは好ましからざる予想にも繋がる。
「……今後も同じような犯行を繰り返す――という意思表示でしょうか?」
「その可能性も無視できんだろう。……何だ? まだ何かあるのか?」
何やら言いたげな微妙な表情の副官を見て、隊長は副官を問い詰める。もうこの際なんだから、言いたい事があるのなら洗い浚い吐けと。
そうして――隊長は自分の発言を呪う事になった。
「……何だと? ……世界征服を企む、悪の秘密結社……?」
「はぁ……そう名告っていたそうです。奇声を上げて襲って来たとか」
文書に残されている内容とは矛盾しそうな情報に、思わず頭を抱える警備隊長。
「……『世界征服を企む悪の秘密結社』が、何でまた『不当に抑圧された同胞の解放』を謳うのだ?」
「さぁ……そこまでは小官には。……ただ、道化者のようですが、襲撃の手並みなどから判断すると、腕前の方は確かなようです」
「余計に訳が解らんじゃないか……」
――賢明なる読者にはもうお判りであろう。
テオドラムとヴォルダバンを結ぶ山路を窺う位置に造られたクロウのダンジョン、「谺の迷宮」の戦闘員が、派手派手しい初陣を飾ったのであった。
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――実は、この時点で「谺の迷宮」は、お世辞にも完成されているとは言い難い状況にあった。原因はまたしてもクロウである。
ここのダンジョン跡地を再びダンジョンとして復活させるに当たって、クロウは新たに階層を追加しておいた。それ自体はダンジョンマスターとして、あるいはダンジョンロードとして問題の無い判断であったのだが……結果としてダンジョンの規模が、生まれたばかりのダンジョンコアが管掌するには、些か大きくなり過ぎてしまったのであった。
おまけに、クロウはコアの安全確保のために、コアの位置を最下層に置いていた。このため、最下層に陣取るコアの制御できる範囲も当然下層からという事になり……クロウが色々と工夫を凝らした表層部は、コアの管轄できる範囲から外れてしまったのである。
通常なら大問題となりそうな事態であったが……
〝……まぁ、自動反撃システムがあるから大丈夫だろう〟
〝ダンジョンコアの指示無くして、全自動で反撃がなされますからねぇ……〟
これに加えて、この「谺の迷宮」に特有の事情というものがあった。
〝このダンジョンって、「戦闘員」のアジト――っていう設定なんですよね? マスター〟
〝あぁ、設定ではそういう事になっているな。ダンジョンという事はひた隠しにする予定だ〟
〝少なくとも当面は……アジトである……「谺の迷宮」に……敵性勢力を……誘導しない……予定ですから……〟
〝ダンジョンとして未完成でも問題無い――か〟
そんな状況で「谺の迷宮」が……と言うか、迷宮の「戦闘員」が活動を開始したのには理由がある。身も蓋も無く言ってしまえば、獲物がやって来たからである。
〝……盗賊が陣取っていると思わせるには、あまり襲撃が遅くなるのも不自然だしな〟
〝通常の盗賊なら、商人たちが活動を開始するのに合わせて、自分たちも活動を開始しますから……〟
〝そろそろ頃合いという事か〟




