第百七十九章 湖の秘密 8.再びクロウ
テオドラムやマーカス、イラストリアに――少々どころでなく斜め上の――懸念材料をもたらしたなどとは夢にも思っていないクロウは、精霊門案件のクライアントである精霊たちからの感想を聴き取っていた。とは言っても、クロウに向かって直々に何かを言えるような精霊がそういる訳も無く、結局はシャノアが間に入って意見を取り纏め、それをクロウに伝えているのであったが。
『ふむ……精霊門自体は有効に活用されているという訳だな?』
『うん。これまであっち方面に行こうとすると大変だったから、みんな喜んでる』
『で、不都合や不満な点などはどうだ? 「湖」以外の精霊門についてでもいいが?』
『え、えぇと……』
不自然に目を泳がせたシャノアを見て、これは何やら不具合が出たなと察するクロウ。であれば、直ちに不具合を改善するのが、製造者の責任というものだ。
根っ子の部分で現代日本人の認識を引き摺っているクロウはそう考えたのだが……シャノアを含む精霊たちはそうは考えなかった。態々湖まで造って開設した精霊門にケチを付けるような真似をして、クロウの怒りを買っては堪らない。そう思えば腰も引けようというものである。
訝しげに追及するクロウに対して、不審な挙動を見せるシャノア。
結局この時は、シャノアたちの心中を慮った眷属たちが励ましの言葉をかける事で、どうにか精霊たちの感想が届いたのであったが――
『門を出た後の移動か……』
『う、うん。門の周りは好い休憩所なんだけど、そこから先は荒れ地が続いてる訳だから……』
テオドラムが農地を奪った時点で、マーカスは上流部の水路を閉鎖して、テオドラムが農業用水を利用できないようにした。現在はダンジョンからの水も利用する事で、テオドラム側ではどうにか農地を維持できている。しかし、マーカス側では依然として農地の復旧はなされておらず、荒れ地のままの景観が広がっているのであった。
『……マーカス側に移動するのが大変というのは解るが、だからと言って、マーカス側にだけダンジョンを増やす訳にもいかんぞ? テオドラムとの均衡が破れるからな』
折角好い感じの緊張状態ができあがっているのだから、これを崩したくはないというのがクロウの本音である。
『うん、それは解ってる。でね、ものは相談なんだけど……』
……精霊たちからの陳情は、所々に小規模な休憩所を造ってはもらえないかというものであった。
『ほら、「クレヴァス」の周りに、哨戒役のケイブラットたちが隠れられる空洞を造ったそうじゃない? あぁいうのを造ってもらえないかって……』
『いや……それでいいのか? ネズミの巣穴のようなものだぞ?』
『うん。そんなものでも、有ると無いとじゃ大違いだから』
『まぁ……その程度でいいなら構わないが……』
斯くして、精霊たちの訴えを聞き入れたクロウは、精霊たちの移動の便宜を図って、小規模な休憩スポットを廻廊状に配置したのであった。
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あくまで精霊たちの移動という観点で造られた「誘いの湖」であったが、それはこの世界に対して無視できない影響を及ぼしつつあった。
通例であれば、ダンジョンは魔力の澱みのようなもので、周囲にその魔力が拡散する事はほとんど無い。しかし、あの湖はそうではなく、魔力を周囲に拡散し続けている。放出する魔力量は大きくはないが、持続的に放出し続けているため、魔力の流れに無視できぬ影響を及ぼし始めていた。
そう、「岩窟」による魔力分布の偏りが新たな地脈を呼び寄せた事と相俟って、それまで停滞しがちだった魔力が循環し始めるほどに。
クロウたちはまだその事を知らない。




