第百七十九章 湖の秘密 4.マーカス
その早朝、安らかな眠りを妨げられたマーカス王は不機嫌であった。
「テオドラムとの国境付近」にまたしても異変が出来したとの急報を受けて――内心で〝我が眠りを妨げる者に呪いあれ〟と罵りながら――会議室へ向かう途中、凶報を運んで来た侍従に訪ねる。
「それで? またぞろ『岩窟』の岩山が増えたとでも言うのか?」
「いえ……今回増えたのは岩山ではなく……」
侍従の返事は、マーカス王が思わず立ち止まって頭を抱えるに相応しいものであった。
……そう言えば、「岩窟」ではなく「国境付近」と言っていたな……
・・・・・・・・
「……今回増えたのは水場だと聞いたが?」
会議室に到着した国王は、憮然とした表情を隠しもせずに国務卿たちに問いかける。
国王自らの問いを受けて、「岩窟」問題の責任者に祭り上げられた軍務卿が、これも憮然として答えを返す。
「水場と言うには規模が大きく、湖というに相応しい威容であるとか。ただ、正確な規模などは判っておりません」
「? ……どういう事だ?」
「林立する岩塊に取り囲まれていて、簡単には近付けないのですよ。その岩海の規模から判断して、充分な大きさを持つ湖であろうと判断しておる次第でして」
思いがけない返答を聞かされて、国王の眉根が寄せられる。
水場を造っておきながら、人間には利用できなくするなど……ダンジョンマスターは一体何を考えている?
「ダンジョンマスターは何を考えて……いや、その前に……これもダンジョンマスターの仕業なのであろうな? 抑現場はどこなのだ?」
「申し遅れました。『災厄の岩窟』から南へ五キロ程離れた場所です。『岩窟』と同じく一夜にして出現したそうですから、ダンジョンマスターの仕業と考えて、まずは間違い無かろうかと」
五キロという微妙な数字を聞かされて、国王は再び顔を顰めた。戦術的には近距離と言えるが、一ダンジョンの規模としては相当に大きい。「岩窟」のダンジョンはそこまで巨大なのか? それとも、新たに別個のダンジョンを造り上げたというのか?
「……その湖もダンジョンなのか?」
「いえ……そこのところがどうにもあやふやでして……」
湖そのものに近付けないため、調べる事ができないらしい。ただ、湖を取り囲んでいる岩塊からは、「ダンジョンらしき」魔力は確認されていないという。
「魔力自体は確認されたそうですが、その……何と言いますか……魔力の色合いとでもいうべきものが、ダンジョンのそれとは違っているそうでして……。抑、一夜にして出現した事を考えると、魔力の関与は間違い無い訳で。ならば魔力の残滓が検出されるのもおかしくはないと……」
「ふむ……」
どうにも奇妙な報告に首を捻る国王。「岩窟」のダンジョンマスターの意図が不可解なのは、今に始まった事ではない。とは言え……
「ダンジョンマスターの意図についてはどう考える?」
国王の質問に対して、情け無さそうな表情を浮かべる軍務卿。
「先程までその件について討論しておりましたが……どうにも議論百出で纏まらず……」
ここで軍務卿以外の国務卿たちも話に参加する。
「広大な水場があり、しかも我らがそれに近寄れぬという事から、人間以外の戦力を展開するつもりではないかという意見が出ましたが……」
「……『岩窟』に現れるモンスターはゴーレムだと聞いたぞ? ゴーレムに水場など必要なのか? 第一、水場ならダンジョン内にあるだろう?」
「はい。ですから、ダンジョン内に出現するモンスター以外という事になる訳でして……」
「……ワイバーンか? しかし……?」
「はい。以前にあの辺りで確認されたのは……多少常軌を逸してはいましたが、スケルトンワイバーンでした」
「……スケルトンにも水は必要なのか?」
骨の隙間から流れ出てしまいそうな気がするが。
「その辺りが何とも……冒険者ギルドに問い合わせてみましたが、先方も自信は無いようでして。恐らく飲まないのではないかとの返答でしたが、ただ、乾燥して骨に罅が入る事はあるかもしれないと……」
「う~む……」
「あのスケルトンワイバーンの水浴びのためというなら、あれだけの規模も納得できる訳でして……」
「う~む……」
想定外の議論に唸るしか無いマーカス王。
「ワイバーンの利用を考慮しているのなら、その形状や構造もワイバーンの利用に適したものになっているのではないかとの意見が出され、軍用のワイバーンを飛ばして偵察させてはどうかという話になっていたのですが……」
「そうするとダンジョンマスターを刺激するのではないかとの意見が出され……」
「それは拙い。目下のところ、ダンジョンマスターと我が国の間に敵対関係は無い。ここで余計な真似をして、ダンジョンマスターの不興を買うような愚は冒せん」
「そうしますと……選りすぐりの斥候を派遣して、内部の様子を探らせるか……あとは、岩海の周辺の様子を調べさせるくらいですか」
「……取り敢えず、周辺の様子から先に探らせよ。それほど大きな湖が出現したのなら、水脈の流れなどにも変化が生じているやもしれぬ」
・・・・・・・・
同じ頃、これと同じような議論がテオドラムでも繰り返され、やはり同じような結論に至っていた。
尤もテオドラムの場合は、ワイバーンを飛ばそうにも、イラストリア侵攻作戦の時にクロウに殲滅され、ワイバーンの数自体が逼迫しているという事情もあったのだが。




