第百七十九章 湖の秘密 3.クロウ(その3)
『……要するに、魔術的な方法ではなく物理的な方法によって、人間どもの接近を阻止せんといかん訳だ』
『単純に考えれば障害物じゃな』
『障害物か……』
物理的な構造物によって阻止線を張るとなると、直ぐに思い付くのは堀と防塁、或いは防壁であろう。……鉄条網は論外として。
『……幾ら何でも不自然過ぎない?』
『……だな。ビオトープという観点から見ても好ましくない』
「ビオトープ」という聞き慣れない言葉に首を傾げていたシャノアであったが、十重二十重に取り巻く防壁など築いた日には、徒に人間の興味を引くだろうという事ぐらいは予想が付く。
『いえ……突然……出現するだけで……充分に……興味を引くと……思います』
『あぁ。だが、必要以上の興味を掻き立てたくはない。能天男爵の例もあるしな』
『あぁ……そう言えば……』
『いましたね……そういうのが……』
テオドラム貴族のノーデン男爵がやらかしたアレコレを思い出し、うち揃って微妙な顔付きになる眷属たち。事情を知らないシャノアとネスはポカンとしていたが、何やらキーンに耳打ちされると、同じように微妙な表情を浮かべた。
(『凄い馬鹿っているものなのね……』)
(『想像を絶する馬鹿者だよね……』)
『……そういたしますと……思い付くのは岩くらいでございますな』
『岩か……』
大小様々な巨岩巨石が転がっている、所謂岩海というやつだろうか。大きな岩を林立するように配置すれば、通り抜けるのは一苦労かもしれない。
『小動物なら通り抜けられる程度の隙間を空けておけば、動物たちを疎外する事にはならんだろう。鳥たちは空からやって来るだろうしな』
『マスター、大っきな動物は、どうするんですか?』
『馬とかなら飼い主が面倒を見るだろう?』
『いえ、ゾウとかサイみたいなのが来たらですけど』
『……この世界にそんなのがいるかどうかはともかく……来たらその時考えよう。ただし、ドラゴンとワイバーンは即撃退だ』
『防衛戦力を……配備して……おくの……ですか……?』
『いや、「岩窟」を通じて戦力を差し向ける』
『でもますたぁ、そぅしたらぁ、兵隊さんたちはぁ、どぅするんですかぁ?』
『ん? あぁ……「岩窟」から直接送り出すと、兵士たちが警戒するか……』
うぬぅと考え込んだクロウであったが、この件は後で検討しようと先送りにする。今すぐ決める必要は無いのだし、いざとなればスケルトンワイバーンもスケルトンドラゴンも派遣できる。
(『そ……そうなんだ……』)
『取り敢えず、湖の周縁に小規模な湿地を何ヵ所か造成して……その外側に低木や草本の茂みを育成するか。……シャノア、精霊たちの協力は得られるか?』
『それは大丈夫。何もかもクロウ任せなのは心苦しいって、みんな言ってたから。(……呆れられるとは思うけど……)』
後半の呟きは、クロウには聞こえなかったようである。
『よし、それじゃこの線で造成にかかるか。いずれ小鳥や虫が居着いたのを見計らって、自然な感じで精霊門を開けばいいだろう』
(『……って、どこをどう見ても不自然なんじゃ……?』)
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結論を言えば、埋土種子から草木が芽生える事で、クロウが予想したよりずっと早くビオトープが形成される事になった。湖からの漏出水で周辺が潤った事もあり、休眠卵から昆虫や土壌動物などが復活したのである。
やがてこの湖は「誘いの湖」と呼ばれ、マーカスとテオドラムに観光資源をもたらす事になるのだが……それはまだまだ先の話である。




