第百七十九章 湖の秘密 2.クロウ(その2)
『あ、あのねクロウ……造ってくれるのは有り難いんだけど……ちょっと……その……派手過ぎなんじゃぁ……。あたしたちは……ほら、ダンジョンから出入りしてもいいんだし……』
クロウの策定した計画を知ってドン引きのシャノア。そしてそれを生温かい目で眺めている眷属たち。クロウの周りでは能く見られる光景である。
『何を言うか。テオドラムと言えば、精霊を害虫扱いにするようなやつらだぞ? そんな奴らがウロチョロするダンジョン内に、精霊門など開ける訳が無いだろうが。危険な真似はさせられん』
『そ、そう……』
『気にするな。以前「岩窟」を一気に造った時よりは随分楽だからな。慣れたせいもあるのかもしれんが』
(『な、慣れたんだ……』)
思わず遠い目をするシャノアであったが、ダンジョンロードたるクロウが、そんな些事を一々忖度する訳も無い。そっちのけで眷属たちと意見を交わしていた。
ちなみにもう一人の良識派である精霊樹の爺さまだが、今回は沈黙を守っている。相変わらずのやらかし振りに対しては言ってやりたい事もあるのだが、精霊たちの事を考えての結果であると解っているので、下手に追及しづらいという事のようだ。
『湖本体は俺のダンジョンマジックで造る。一旦ダンジョンとして造った後で解除すればいいんだから、簡単なものだ』
『おや? という事は……この湖はダンジョンとはなさらないのでございますか?』
『「岩窟」から高々五キロ程度しか離れていないんだぞ? そんな近くに二つのダンジョンを造る理由もメリットも無いだろうが』
……モローの双子のダンジョンこと「還らずの迷宮」と「流砂の迷宮」の距離は、五キロどころか一キロにも満たないのだが。
『……いや……あれは特殊なケースだからな?』
『ケルさんに管理を任せちゃ駄目なんですか? マスター』
『コンセプトが違い過ぎるからな。余計な手間をかけさせる訳にはいかん』
クロウの考えでは、予定している湖は単に精霊門付属の待合所のようなものだ。精霊たちが過ごし易い環境でありさえすればいいのであって、ダンジョンである必然性は特に無い。さすがに木立までは無理があるが、湖の周縁に茂みを造るくらいなら難しくはない。土魔法と木魔法持ちの眷属たちも頑張ってくれる筈だ。
『いえ……精霊たちに過ごし易い場所となると、人間たちにとっても同じではないかと愚考致しました次第で』
『あぁ……人間どもが我が物顔に占有するか……』
少なくともテオドラム国民の気質を考えた場合、その危険性は十二分にある。
『とすると……単に湖を造って終わりという訳にはいかんか』
スレイはそれを見越した上で、ダンジョン化という事を考えたらしい。
『う~む……しかし、下手にダンジョンにしてしまうと、今度は冒険者ギルドが色気を出す事も考えられるからなぁ……』
『「岩窟」と……同じように……国境線上に……造れば……どうでしょうか……?』
『その場合でも、アクセスし易い状況であれば、両国の兵士たちが利用しそうだな。……いや? ダンジョンであろうがなかろうが、湖へのアクセスを制限してやれば問題無いのか?』
『あぁ……確かにそれなら……』
『問題無さそぅですぅ』
『でも主様、どうやって近寄れなくするんですか?』
『それだな、問題は』
クロウは当初、湖の周辺を底無し沼のような湿地にするという案を考えたが、そうすると動物たちまで水辺に近寄れなくなるのではないかとの意見が出され、この案は没となった。
次に話題に上ったのが、イラストリア・マナステラ・モルファン三国の国境にまたがる森林ダンジョン、通称「迷いの森」である。あそこのような迷わせの結界を張ってはどうかとの意見が出たのだが……
『それってダンジョンとどう違うの?』
――という、シャノアの尤も至極な意見の前に沈黙する事になった。




