第百七十八章 テオドラム 9.ヴィンシュタット~悩める魂の救い手(笑)~(その2
「しかし……お手を煩わせてしまい恐縮ですが、その……心霊現象のようなものは、私の前任者がここに住んでいた頃も含めて、一切生じていませんが?」
――という返答を貰って、愈々布教に熱が入ったのは神官たちであった。
何しろソレイマンの説明が事実なら、既に悪霊の件は解決済み。ここでソレイマンを入信させれば、除霊もヤルタ教の功績にできる、延いては自分たちの評定アップにも繋がると、それはそれは懸命に熱心に執拗に説得に相務めた。
が、ソレイマンとて生前は貴族。生き馬の目を抜く貴族社会を、それなりに泳ぎ渡ってきた強者である。お為ごかしの美辞麗句に隠された本音などお見通しである。況して、相手は色々と噂のあるヤルタ教。主人であるクロウから注意されている敵性勢力である。入信するなどもっての外。後腐れ無く早々に追い出して……いいものかどうか。
(『……旦那様、何をお考えで?』)
何やらソレイマンが悩んでいるらしいと察したイズマールが、エルダーアンデッド同士なら使える念話でこっそりと話しかけた。
(『イズマールか? ……いやな、ここで彼奴らをすんなり帰していいものかどうか、決めかねてな』)
(『……何か拙い事でも?』)
(『いやな、折角向こうから情報源がやって来てくれたのに、無下に追い返していいものかと思ってな。こんな時、ご主人様ならどうするかと……』)
(『あぁ、成る程』)
抜け目の無いクロウであれば、馬鹿正直に追い返すような真似はしないだろうと思える。しかし、自分のような一介のアンデッドには、クロウのような魔術の類は使えない。貴族時代に培った話術ぐらいしか頼るものは無いが……然りとて、ヤルタ教などと友達付き合いをするというのも拙い気がする。
些か面倒な舵取りを要求されるが、ここは体良く入信は断って、しかし完全な拒絶ではなく……幾ばくかの喜捨でもしておくのが妥当か……
――というような判断を下したソレイマンは、当たり障りの無い会話をしつつ、入信の件は――実家が代々ミルド神教を奉じているからという理由で――やんわりと断る。その一方で、ヤルタ教を完全に拒否している訳ではないと臭わせるように、銀貨十枚ほどを寄付しておく事も忘れない。他の教会にも同額を寄付すれば、特にヤルタ教に誼を通じているとは見做されまい。
ヤルタ教の神官たちは、入信を断られたのは残念に思いつつも、ソレイマンという貴族と繋がりを持てた事に一応満足して立ち去った。
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「あれでよかったんでしょうか? 旦那様」
「ご主人様からは、無理のない範囲でテオドラムの動向を探れと言われている。どうとっかかりを付けたものかと悩んでいたんだが……各宗派の教会に喜捨をして廻るというのは、そう悪くない切っ掛けのように思えてな。お前はどう思う?」
「教会ですか……確かに宗教勢力と通じておくのは、情報収集の面でも色々と好都合だとは思いますが……どういう理由で寄付をされるおつもりで?」
「何、縁者という事になっているカイト殿の快癒御礼という名目なら、そう不自然にも思われないだろう?」
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後日、各宗派の教会に自ら出向いてそれぞれ銀貨十枚の寄付を行なった事で、ソレイマンはヴィンシュタットの宗教関係者と、不自然でない形で面識を得る事ができた。
その事自体は問題無かったのであるが、ソレイマンが自ら外出するのを目撃した住民たちが新しくやって来た貴族に対する興味を掻き立てられ、ハクとシュクを質問攻めにするという事態となった。
問い詰められたハクとシュクにしても、どこまでをどう答えればいいのかは判断がつきかねた。結局、ヴィンシュタット陣だけでは収まらず、眷属会議を招集して討議する事になるのは、もう少し先の話である。
ヴィンシュタットの屋敷のいわゆる「黒歴史」については、第六十二章の第三話で触れられています。




