第百七十八章 テオドラム 8.ヴィンシュタット~悩める魂の救い手(笑)~(その1)
テオドラムの国務会議で密偵たちの件が問題にされた、その翌々日の事であった。
「神官? ヤルタ教の?」
その日ヴィンシュタットの屋敷を訪れたのは、クロウたちから敵認定されているヤルタ教の神官たちであった。
ちなみに、ソレイマン存命の頃――かれこれ二百年前――には、ヤルタ教など影も形も無かったため、ソレイマンはそれが如何なるものかは知らない。ただ、クロウの説明――かなり主観が入っているかもしれないと、当のクロウから注意された――を聞いた限りでは、胡散臭いを通り越して碌でもない宗教という印象を受けた。
――そんなヤルタ教が、何で自分たちの許を訪れるのだ?
「何でも……旦那様のお悩みを解決できるとか仰って……」
「私の悩み?」
目下の悩みと言えば、ヤルタ教がここを訪れた理由が判らない事だが……彼らの言いたいのは恐らく別の事だろう。ただ、その彼らの言う「悩み」とやらに、どうにも心当たりが無い。
「……会ってみるしかないか……」
・・・・・・・・
疑念と警戒を抱いて会見に臨んだソレイマン。彼に語りかけてきたのは、妙に自信満々の二人組であった。
「お気の毒に、お辛かったでしょう」
「ですがもう大丈夫、本日をもってあなたの苦しみは救われました」
「恵み深きヤルタの神が、私たちをここへお遣わしになったのです」
「……は?」
自分たちの主張を繰り返すばかりでこっちの言う事に耳を貸さない二人から、それでもどうにか訊き出せた内容を要約すると、次のようになる。
まず彼らがこの屋敷を訪れた理由は……この屋敷に取り憑いているという邪霊を祓うためであった。
話の内容が理解できずに一瞬混乱したソレイマンであったが、先日使用人たちから聞かされた〝幽霊屋敷〟の件だとすぐに気付く。クロウが購入する前に、この屋敷は色々とやらかしていたらしい。
とは言え、先代のカイトがこの屋敷に移り住んでから、既に一年以上が経過している。何故また今頃になって?――と訝ったが……事実は単に彼らがこの話を知らなかったというだけであった。
何しろヤルタ教のテオドラム支部があるのは、ここヴィンシュタットではなく旧都テオドラム。如何に名高い「幽霊屋敷」と言っても、旧都にまでその悪評が届くには、然るべきタイムラグを考慮しなくてはならない。それに第一、ヤルタ教が旧都に根を下ろした時には、「幽霊屋敷」の噂は既に旬を逃していた。それ故に、この話がヤルタ教の耳に届く事は無かったのである。
これで住人からの苦情が上がってきていればまた別だったのであろうが……
そう。クロウの指示でカイトたちがここに住んでから一年以上。その間、心霊現象のしの字も現れる事無く、無事平穏な毎日を送っていたのであった。この問題はクロウも気にしており、一度など――用心しながらではあったが――屋敷をダンジョン化してまでチェックを試みたのであったが、それでも異常は確認できなかったのである。
今回は偶々ヴィンシュタットを訪れた神官たちが、これも偶々「幽霊屋敷」の噂と、そこに新たな住人が住んでいる事を訊き出したのであった。これを天意と言わずしてなんと言おう。
(……そういう次第か)
自分たちの事に気付いて探りでも入れてきたのではないかと警戒していたのだが、どうやらそういう事ではないらしいと判って、密かに胸をなで下ろすソレイマン。
まぁ、万一「鑑定」されても大丈夫なように、エルダーアンデッドたちにはクロウ渾身の偽装を施してあるのだが。




