第百七十八章 テオドラム 7.ヴィンシュタット~後任者の悩み~
テオドラムの王城で国務卿たちが――些か見当違いの――難問に悩んでいる頃、ここヴィンシュタットの一隅でも頭を悩ませている者がいた。カイトたちに代わって屋敷の留守居役を務める事になった、アムドール・ソレイマンである。
ソレイマンという姓を持つ者は多く、マーカスだけでなくテオドラムにもマナステラにもそれなりにいる。という事で、大胆にも彼は本名をそのまま名告る事にした。何しろ当人がこの世をおさらばしたのはかれこれ二百年前。故郷マーカスならいざ知らず、ここテオドラムで自分の素性を看破できる者などいないだろうとの判断であった。
「何をお考えですか? 旦那様」
「イズマールか……いや、カイト殿たちの後任として来たのはいいが、一体何をどうしたらいいのかと思ってな」
イズマールと呼ばれたのは、白い肌に金髪碧瞳――クロウが生み出したエルダーアンデッドに共通する特徴――の若い男であった。鋭い目付きに厳しい面持ちは、軍務に就いていたであろう事を思わせるが、それも道理。あろう事か、彼はテオドラムのイラストリア侵攻部隊の生き残り……ではなく生き返り組であった。それも、選りに選ってここヴィンシュタットを根拠としていた、「龍」連隊の下士官であったのだ。身バレの危険はスレイマンどころではない。
にも拘わらず、イズマールがぬけぬけと古巣に舞い戻ったのには訳があった。簡単に言えば、蘇生に伴う面変わりが著しかったためである。生前のイズマールは、日焼けした肌にむさ苦しい無精ひげ、留めに右目に刀傷のある隻眼の兵士であった。それが、両目が開いた上に色白になり、更にひげを落としたら、同じように生き返った元・同僚にも見分けが付かなかったのである。これなら見破られる虞はまず無いという事で、二百年というソレイマンのタイムギャップを埋めるべく、補佐として付けられたのであった。
ちなみにイズマールはアムルファンの出身で、テオドラムには身寄りはいない。イズマールというのは本名だが、生前はテオドラム風にイザームと名告っていたので、名前から気付かれる心配も無かった。
これも余談であるが、常時軍事的な緊張状態にあるテオドラムでは、兵士の募集が切れる事は無い。そのため他国出身者であっても、書類審査と面接の上で兵士として採用している。所謂外人部隊のようなものであるが、一つの部隊に纏めて運用する事は無く、各部隊にバラバラに配置されていた。
――話を戻してソレイマンが悩んでいる理由であるが、前任のカイトと自分の立ち位置が違い過ぎるという点にあった。
カイトの場合は必要に応じて、仲間の四人――護衛の冒険者という触れ込み――が外で情報収集の任に当たっていたが、スレイマンが連れてきた従者はイズマール一人。都合の好い人材が手配できなかった事もあり、あくまでも留守番だから大人数を率いては来なかったという設定にしたのだが、これが見事に裏目に出ていた。イズマールにしても、前世はあくまで兵士であって冒険者ではない。さり気無い訊き込みの経験など無いのである。訊き込みというより兵士の訊問という感じになって、無駄に住民の関心を引くのは目に見えている。相談を受けたクロウが、こんな事なら二代目勇者のカルスたちを吸収するんじゃなかったと臍を噬んだが、今となっては後の祭りである。
ついでに言うと、病気療養中という触れ込みのカイトとは違い、ソレイマンには引き籠もる大義名分が無い。では外界と交流を深めるのかというと、クロウ配下のエルダーアンデッドという現状を考えると、これにも色々と問題がある。なのに引き籠もる理由が無い……
「そういう事であれば、引き続き残留している方々の意見を聞いてはどうですか?」
「……使用人組か。確かにそうだな」
曲がりなりにも貴族であった前世の記憶を引き摺っていたのか、使用人に相談するという発想が出てこなかったが……前世はともかく現世では、彼らは同じくクロウに仕える同僚――いや、先達である。意見を仰ぐに何の不思議も無い。
――という判断の下、先任の使用人組に相談したソレイマンであったが……
「あぁ、それなら大丈夫だと思いますよ」
「皆さん、この屋敷には近付きませんから」
「あたしたちが来る前から、幽霊屋敷って呼ばれてたみたいですからねぇ……」
死者が常駐している現状に鑑みると、間違っていないのが何ともアレであるが、ソレイマンたちが気になったのはそっちではない。
「……幽霊屋敷……?」
「……その話は初耳なんだが?」
クロウがうっかり伝え忘れたらしい屋敷の――文字どおり――黒歴史のアレコレを聞いて、頭を抱え込むソレイマン主従。
「……取り敢えず、表に出なくても問題は無いようだな」
「仮にお出になっても」「誰も近寄らないと思います」
ハクとシュクの指摘が突き刺さる。
「……情報収集については、ハクとシュクの両君にお願いするのが無難かと……」
「そうだな……。必要が生じれば、その都度ご主人様の指示を仰ごう」
斯くして、面倒事が生じた場合、全てクロウに丸投げするという方針が決められた。
しかし――事態というのは常に予想外のところから訪れて来るものなのであった。




